「前に吉継様は、妖怪は思い一つでなれるものだと言ってましたし。物になりたい思いなら自信があります!」
どんな思いだ、と遮るのもはばかられるくらいに朗らかな笑みで、この三年間妖怪になることがいかに退屈なことかを話して聞かせたつもりだったのだけども。
「……しかしな、九十九髪になるには百年経った物が必要よ」
「あ、それはもう見つけてあります」
ほら、と見せられたのは、見慣れすぎた己の数珠の一玉だった。
いや確かに、百年と言わずかなりの年月が経ってはいるだろうが。
「…九十九髪は宿った物から生涯離れられぬぞ?」
「はい」
「……それがどういうことか、」
「分かってます!」
そんな単純なことを飲み込んでいないはずがない。
どうしたものだろう、今目の前にいる存在が新種すぎて、口から生まれたような自分が上手く言葉を紡げない。
「あ、吉継様。私きっとそんなに長生きはしないので、あと十年か二十年だけ待っていてくださいね。頑張って、すぐ追いつきますから」
そんな笑顔を見て、ついに辛抱が効かず震えながらうつむいた。
笑い声は押さえたはずなのにすぐに露呈した。
「ヒ、ヒヒヒ…」
「よ、吉継様笑いすぎで……もがっ」
抗議しようとした小雨の頭に手をかけ、自分の胸元へ押し戻した。
小刻みに揺れる肩のせいで抱きすくめても力が入らない。
「ヒヒヒ…さよか、さよか……」
ただそんな言葉ばかりが口から漏れ、作ろうと思う言葉一つ形にならない。
違う。
止めなければならないのだ。
馬鹿なことを考えるなと、そのような考えは認め得ぬと、突っぱねて弾き返して叩き潰さねばならないのだ。
それなのに。
ただこれを抱きすくめてしまうのは何故だろうか。
この目の光が本物だと言い切れてしまうのは何故だろうか。
間違っている。
間違っているのに。
これの髪に絡めてしまった指はこの上なく紐解き難かった。
「私九十九髪になれたら、吉継様のこと刑部って呼んでいいですか?」
「…好きにしやれ」
「敬語も無くしていいですか?」
「ああ」
「置いていかないで下さいね」
「……ああ」
ああ、あの夜に泣きながら自分の手を掴まれてから、自分は水子よりもずっと質の悪い生き物に取り憑かれていたのだろう。
そうして今ようやく、取り殺されたのだ。
自分の心の、最後の人らしい部分が。
「…早に来やれ。われが寂しい寂しいと枕元で泣くぞ」
「じゃあ今日から一緒に寝ましょう」
「待ち切れねば手っ取り早く呪い殺すのは有りか?」
「き、強烈そうだから駄目です。自然死がいいです」
「あい分かった、自然死に見えるようにな……われはわれの物とみなした相手にはこの上なく我が侭よ、覚悟はしておろう?」
その瞬間嫌な予感が背中を走り、慌てて体を離そうとした小雨の体がぴしりと固まった。
金縛りだった。
「よ、吉継様、今日は月は出てないんで……」
「われの数珠の愛い愛い九十九髪も手に入った、今日は良き日よ。夜通しそこらを飛んでやろ」
「わあ……え、ちょ、吉継様っ速い速い速いいいー!!」
その日から毎朝小雨がふらふらになって起きてくるので、何か悪霊にでも憑かれたんじゃないかと城の人間に心配された。
間違ってはいないんだろうなあと当人達も思っている。
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