「きゃ……!」
「!」
枝にかけていた足が押し出され、がくんと傾いた体を吉継がとっさに掴む。
そのまま引っ張られたことで世界がぐるりと回転したかと思いきや、気がつけば自分の足は吉継の足の中に座り込んでおり、しかとその胸に抱かれていた。
顔に押し付けられた冷たい体が、すっと頭の奥を冷やす。
息をしていないのに、吉継の肩は上下に大きく揺れていた。
「…吉継様…?」
「ッ、」
呼びかけられて瞬時に体を離そうとしたが、そうすれば片方が輿から落ちてしまうことに気づいたのかまた小雨を自分へ寄りかからせる。
目を合わせてはくれない。
「…ごめんなさい」
「…いや、よい。最後の笑い話よ」
最後?と小雨が呟くと、逆に口を結んでしまった。
その意味を知り、吉継の首へ腕を回して静かに抱きついた。
「私と吉継様の何が違うんですか」
そんなことを聞く。
「目だって、指だって、舌だって、おんなじで、心臓だって、鳴ってるじゃないですか」
「…これはぬしの鼓動よ」
「そんなの分からないです」
そう言い、またぎゅうと抱きつく。
確かにこの体の心の臓は動きを止めたはずなのに、密着した肌から鼓動が伝わると、一体どちらのものなのか全く分からなくなった。
それでも体温は顕著で、抱きつく小雨の背に手を回せば自分はとっくに失った温もりがこんなにも残っている。
「温度も、柔さも、鼓動も、全て違おう。ぬしにあるもの、われに無いもの、これほどまで明確よ」
軽く笑って見せてから、指折り数えてやった。
「そうしてぬしは置いていくもの、われは置いていかれるもの。これが全てよな」
「それだけですね?」
「ああ。…………うん?」
予想外の言葉に視線を向けると、これまた予想外に小雨はまじまじとこちらを見ていた。
そして今まで自分が視線を反らしていたのは何だったのかと言うほど、楽しげな笑顔を浮かべている。
「実は私、物になりたいんです」
「……ああ、知っておる」
それは過去にも何度か聞いた覚えがあった。
竈でも柄杓でも、これは何かと物になりたがったのだ。
「ずっとなりかたを探してたんですけど、最近やっと方法を見つけたんですよ」
「なりかた?」
「はい!」
ぎゅう、と吉継の包帯を握って言い放った。
「私、九十九髪になるんです!」
九十九髪→つくもがみ→物に宿る妖怪→妖怪→「私、妖怪になるんです!」
と、吉継の頭の中では整理が行われた。
そして。
「…われの気に当てられすぎたか…」
「吉継様、私はまだ正気ですよ」
嘆かわしそうに額に手を当てる吉継を小さく諫めながらも、まさかのまさかで今の発言は、冗談などではないらしい。
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