(吉継様、雪兎がうまく作れなくて…)
(あ、耳は最後にするんですか…)
(黒田さんのかまくら壊しちゃ駄目ですよ)
(今年の冬は去年より、ずっと過ごしやすいです)
(来年もこうだといいですね)
三年という年月は自分に当てはめれば、何も長い数字ではない。
幾百年の歳月を流れてきた身にとっては。
しかし誰かと共に過ごしてきた時間と考えれば、それは途方もない長さだった。
致命的な長さだった。
記憶が時間に食われ始めたのだから。
葉も何も無い痩せた高い木の上から、小さな離れを見下ろす。
あそこで毎晩一人眠る小雨を逐一冷やかしに行ったこともあれば、嵐の音が怖いからと押し入れに籠もる当人に付き添い続けたこともある。
春の記憶も秋の記憶も、呆れるくらいに溢れているのに。
自分の感覚で時を流してしまったのだ。
いつだってこちらの時間はゆっくりで、あちらの時間は忙しなく過ぎるものだから。
「重々承知しているつもりでいたが……」
三年も人間と墓場で逢瀬を重ねた妖怪が言える言葉ではない。
三年も人間と間違われたまま放っておいた妖怪が言える言葉ではない。
いついかなる時だって、人間は自分を置いていく。
自分を置いて死に、自分を置いて成仏して、自分の前に生まれ変わってくる。
追いつこうとしたとして、あやかしの身になった物の行き着く先が地獄以外に何があるだろう。
置いて行かれる、もう、それだけの生き物―――
「あ、吉継様ー」
「!」
がさりと音がして、枝枝の隙間から小雨が顔を覗かせた。
その姿に危うく自分が輿から落ちそうになる。
なぜならここは地上など遥か遥か遥か下の、一本杉の上なのだ。
小雨はと言うと普段通りの白い着物を着たままで、か細く頼りない枝に足をかけている。
小雨や三成に見つからないようこれほどの高みへ来たというのに、これでは本末転倒も良いところだ。
「……待て、ぬし、何故ここに、いや何故ここが…」
「わあ吉継様が慌ててる。珍しい」
こちらの慌てふためきも何のその、小雨は自分の周りをふよふよと旋回する数珠を指差した。
毎晩夜道の明かり代わりに持たせて帰しているので、確かに今は一つ小雨の手元にあるはずだ。
「この子がこっちだって教えてくれたんですよ。こんな風に光って」
木登りは昔やった記憶があるから大丈夫かと思って、と笑った。
全くそんな問題ではないと口を開きかけた時、強い風が木の表面を勢い良く撫でつけていった。
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