「く、黒田さんは大丈夫ですか?」
「なに構わぬ。あれが寝ている最中によく金縛りをかけに行くが、まるで堪えておらぬでな。われのささやかな呪いなどでどうなる事もなかろ」
「……色々してるんですね」
「ヒヒ、有り余る時間だけがわれの味方よ」
そう言ってふよふよと外へ出たので、もう姿の見えない黒田を目で追うのは諦めて不安定な輿の動きに集中する。
途中、何かひんやりした物が触れている感触に視線を向けると、吉継が自分の腕を握ったままでいた。
抱き寄せた時に掴んでから、離していないことに気づいていないのだろう。
夏の半ばにさしかかったというのに、この膝の上はいつでも涼やかだった。
「今日は月が出ているのか曖昧だったんです」
「雨が降らなば、月の出ているのとおんなじよ。今宵はこのままそぞろ歩きで良かろ」
「はい。そう言えば初めて会ったときも吉継様はそぞろ歩きに連れて行ってくれましたね」
「はてそうであったか」
あの時、水子の霊と間違えて手を差し伸べた小雨がいつまでも泣きやまないので、苦し紛れに思いついたのがこうした他愛のない散歩だった。
確か夏の入り口の事だったように思う。
「そうですよ。私が初めてこの城に来た夜に会ったんですから、おかげで吉継様に城の全部を案内してもらって」
そこまで発したのを聞き取って、わざと輿をぐらりと揺らした。
慌てて小雨が吉継の体へしがみつき、言葉を切らす。
「天が遠のいてきた。直に夏の盛りも終わろう」
それでもしれっとそう言う当人に、また小さく笑ってしまった。
そろりそろりとその頬に手を伸ばしかけていた存在がいることなど気づかず、思い出したように顔を上げる。
「吉継様、あの、物になる妖怪とかは…いますか?」
「物になる?」
「はい。お茶碗とか竈とかになるというか、そこに入るというか……」
「……九十九髪のことか」
「えっ」
聞き慣れない響きに反応したというよりは、そんな妖怪が本当にいたことの方が驚きだったらしい。
憑喪神と書いた方が分かりやすいかと宙に描く。
つくもがみ、神や人の魂が長い間大切にされた品物へ宿り、守り神のような存在になったもののこと。
「あるものですねえ…」
「百年経った物でなければ九十九髪にはなれぬがな」
「うう、難易度が高い」
妙なことに頭を悩ませている姿を数珠で小突いて戯れた。
そのうち泣いた。
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