(ひ…っ、く…ぇ…)
縁側に座る一人の女がか細くかみ殺すような泣き声をあげていたので、ははあ、またどこかの水子の霊が母親の姿になり代わって泣いているのだろうと近づき、頭を撫でた。
われはぬしらのような命には優しきゆえな、よしよし。
ところが、突然の声に驚き顔を上げた少女の瞳を見た瞬間。
そのまだ光の籠もる黒い瞳に、確かに自分が映ったことを知ってしまった。
あやかしではない。
触れた頬に死人には決して無い温度があると気づいたのは、少女が自分の手にとりすがってわあわあ泣き始めてからだった。
「あれからわれは水子には決して近寄らぬのよ」
「そんな怪談話のような落ちをつけなくても…」
妖怪と墓場で話しているという状況を怪談話ではないと片づけられる辺り、小雨もあの三成という男と似た中身のような気がする。
自分を籠もりきりの病人だと思い違えたまま友人として接してくる人間と、あやかしと知りながらこの手を取って泣いた人間の一体どちらが愚かなのか、自分には分かりそうもなかった。
次の日は幾らか曇りの夜だった。
会いに来て良いのは月の出ている晩だけと吉継に言われている小雨は、廊下に出ながら行って良いものか思い巡らしていた。
(なんだかすごく微妙だなあ…)
夜の墓場には吉継がいるから行けるのであって、雨など降ってそれが不在である時はさすがに軽々しく赴ける場所ではない。
散々悪さをする妖怪の例を挙げ連ねられたこともある。
「うーん…」
「あ!小雨、お前さんこんなとこで何やってんだ!」
「えっ、わ!」
聞き慣れた声に振り向くや否や、二本の大柄な腕に体をさらわれた。
「くっ黒田さ…」
「まあた夜に抜け出したな。秀吉がずっと心配しとるんだぞ。半兵衛は気にするなと言うがな、夜はちゃんと布団で寝ろ」
「わかりました、わかりましたから、あ、歩けます…!」
「いいや駄目だ、今夜はこのまま離れまで連れて行っ―――ぃい!?」
持ち上げられた体をじたばたと抵抗させていると、突然黒田の足元から黒い霧が取り巻くようにせり上がってきた。
言葉を発する間もなくそれは足に、首に、小雨を持ち上げる腕に取り憑き、思いきり締めつける。
「あだだだだだ!なんっ、なんじゃあこいつは!!」
「……それはこちらの台詞よな」
「!」
慌てふためき一瞬力を抜いた黒田の手から、ひょいと小雨を自分の膝上へ取り上げる吉継。
そのまま包帯の巻かれた指を小さく動かせば、黒い霧は丸ごと黒田を包んで廊下の先まで転がしていった。
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