大谷家の屋敷の者達で、当主に固く言いつけられていることは三つある。
一、当主の自室に小雨が居るときは火急な用事以外決して入らぬこと
二、外の人間は石田三成以外自由に屋敷内を歩かせぬこと
三、家臣は皆自分の仕事を全うし、当主の行いに口を出さぬこと
そしてこの屋敷に使える者達が自主的に厳守していることは三つある。
一、当主が奥方を数珠で追い回している時は決して止めてはならぬこと
二、奥方が押し入れに入ってしまったら自分達でそこから出すのは諦めること
三、奥妻とは言え当主の愛情表現の方法と、奥方の危機回避能力が真っ当だとは、決して絶対何が何でも、思わぬこと
「わあー、可愛いですね!」
「次郎丸と申しまする。」
この日、織田から豊臣に降った前田家の二人が挨拶がてら屋敷を訪れていた。
道中の友として様々な動物を連れており、あまり外に出ない小雨は特にその中の小さな猪に愛着を持った。
「な、撫でても大丈夫ですか?」
「ご心配なく。此度は首輪を付けておりますれば、撫でられて興奮することも御座りませぬ」
屈んで怖々と、けれど楽しそうに猪を撫でる小雨と周りの様子を、離れた位置から家の家臣達が見守っていた。
普段から人を好かない吉継が今日はなぜか大人しく前田夫婦の前へ姿を見せており、且つ小雨まで人前に出していることに物珍しさを覚えたのもある。
「前田殿に会っていただけて実に良かった」
「全くだ。吉継様も猪がお珍しいのだろうか?」
あんなにまじまじとご覧になられて、とほのぼの笑い合った直後。
いややはりそんなはずはないと改めてその視線の先を上手く追うと。
そこには前田夫妻の手にしっかりと握られた。
(((首輪か……)))
よく訓練された家臣達だった。
やはり前田夫妻が来てからというもの、吉継は何故だかその首輪と同じ物を作ったり、あまつさえ首輪の素材を改良したり。
「刑部どうしたの?」
「…いや、特に他意は無い」
ふと小雨の首に両手の平を巻いてその長さを計ったり。
ああまた悪い癖が出たのかと、車座を描いて頭を抱えるのも家臣達の日常の一つだ。
吉継の洒落にならない戯れに慣れているとは言え、貴重な嫁御として万が一小雨に出て行かれでもすれば困るのはこちら側であるのは誰もが知っている。
「首輪だけだろう?なら小雨殿とてさほど気にしないのではないか」
「いや吉継様のことだ、巻いたら締まる仕掛けなどがあったとして不思議ではない」
「しかしそれでも首輪だけならばまだ…」
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