大谷吉継 | ナノ





「吉継様、どのくらい高くまでいくんです?」

「なにもう少し高みよ。……そら着いた」



天守閣に劣らない高みまで浮き上がり、果ての果てまで見渡せるその位置は逆に全く現の感覚が伴わない。
その中で、小雨が一つの方角だけを食い入るように見やる。

視線の先には海。
その手前には、巨大な湖と呼ぶべき物の形を捉えた。
遠巻きながら日の光を水面に照らし、白く輝いているのがわかった。



「……あそこに私の家の人がいるんですよ」



ぽつりと呟くその意味を、われはとうに知っていた。
あそことはあの巨大な湖で、家とはこれの肉親で。



「……時代の定めよ」

「そうですね」



あの湖は海の水を引き入れており、戦が起きれば当然のように海戦の舞台となりて。
最後の争いに負けたなら、その底に沈む定め。
船で付き添った奥方もお付きも皆々身を投げたと聞く。

幼さ故に幾らかの女中と離れた屋敷で帰りを待っていた、子を一人残して。



「ちっちゃな私を半兵衛さんの家の人が引き入れてくれたので、路頭に迷わずに済んだんですけどね」



ふふ、と笑い声がする。
そうだ、これはいつだって穏やかに笑っているから。
触れたくなる。

壊すために。





「よい父母であったな」

「はい」

「よい家来と女中ばかりで」

「はい」

「つつがなくそれらに育てられた」

「はい」

「ならば何故」





後を追わなんだ?





そう呟くと遠くの水面が揺れた。
正面を見つめていた小雨の体も等しく止まる。
いびつにねじ曲げてしまいたい。
その、変わらぬ何かをたたえた笑みを悲しみと怒りで、若しくは痛みで、われの良く知る人間のように歪ませてしまいたい。



「嗚呼見えるな、あの湖から伸びる何本もの青白い腕が見えやる。ぬしにも見えよう、見えぬはずがない。そら寂しい、惨めだ、妬ましい、と呪詛を吐きながら生前の温もりを引きずり込もうとのたうち回る」



それほど己が身が可愛いか、大切か。
我らよりも。
お前のために死んだ我らよりも。
なァ、なァ。



目を細めて囁きかけ、風に揺れる眼前の髪を見つめれば、それはうなずかなかった。
ただその代わり、僅かばかりこちらへ振り向いた。
その顔は未だ微笑んでいる。



「私は後を追ったりしませんよ」

「…何故、」

「私は」





ああだれか、このえみをひきはがしてくれ。





「私はもう、生まれてしまいました。生きていかなければなりません」






地獄の苦しみを終わらせる方法を知っているか。
明けぬ夜を。
尽きぬ恐怖を。
全て打ち消してしまう素晴らしい方法を。

われは知っている。
そしてこれも。
苦しい苦しいと言いながら、身も心も苛まれ己を責め抜いても尚、未だこうして息をしているのは。

死なないのは。



生まれてきたことを。
決して覆せぬから。

自分を生まれてこなかったことには、頭か心か、その微かな生き残りが、させてはくれぬから。
中途半端で、煮えきらず、永久に苦しみながら生を貪る。
生まれてしまったのだから。

振り向いた小雨の悲しみが染み込んでしたたるほどの笑顔は、ある一つのことをわれに気づかせた。




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