「そら小雨殿、柿よ」
「わあ!」
「ぎょおおおぶ!」
五月蝿い、と一蹴してもみじのような手のひらにそれを一つ乗せた。
この男は常々われの与えた柿を奪おうとするので、この数珠が遺憾なく発揮される。
「ったくここんところ毎日のように来やがって…よせ小雨!こいつのことだから呪いとかかけてるぞ!」
「いつもありがとうございます大谷様」
「いや、なに」
「あれ!?もう小生の言うこと聞かなくなってる!反抗期か!?」
また嬉しそうに食む姿と、歯ぎしりをしている暗を交互に見てほくそ笑む。
軍師殿の家の者なら友好のある黒田を保護者代わりにするのは道理というもの。
何とも弄びやすい。
「黒田様、大谷様。今お茶いれてきますね」
「こんな奴に出すな!」
「ずいぶんな当たりようよな暗、人の善意を蔑ろにするとは器の小さい男よ」
「どの口で言ってやがんだ」
「ヒヒ、さてな。四つ目辺りの口であろ」
「入れてきましたー」
「早いなお前さんも!」
縁側に輿を下ろしてもまだぶつぶつと小うるさい男は無視をするに限る。
常に騒がしい黒田とは違い、小雨は柿のせいか性分か必ず笑っていた。
気を抜いた、楽しげな笑み。
「そういや小雨、お前さんもっと気楽な呼び方で良いんだぞ?黒田様ー、じゃ堅苦しいだろ」
「え?ええとじゃあ…黒田さん、ですか?」
「大して変わらぬな」
「う……」
「まあ名前を呼ばせると半兵衛と紛らわしいからなあ。変えようが無かったか」
「われは生憎誰とも似ておらぬでな。仕方なしわれの呼び名を変えるとするか」
「いるか!そうやって小雨使って小生との距離を広げるのをやめろよお前さんは!」
「大谷様の御名前は…?」
「吉継よ」
「聞いてくれ!」
聞かぬ、と一蹴するのも馴れたもの。
こちらはこちらで吉継様、吉継様、とささめいた声で呼ぶ練習をしている姿に、ふと笑った。
そして次の瞬間にはそれをぬぐい去った。
――――――…
「はて、幽霊と」
またしばらくしたある日。
正座した小雨の頭と肩に柿を積み重ねて戯れていたわれに、遅れてやってきた暗が聞き慣れぬ言葉をかけてきた。
「ああ、何でも離れから赤ん坊だか狐だか、そんな声がどこからともなくするんだと。気味が悪いな」
「それは初耳よ。離れに住む小雨殿、ぬしは何か知らぬか」
「し、知りませ…ああああの落ちますっ、落ちますっ…!」
「落とせば柿が傷むであろうな」
「あ!刑部お前っ小雨と食いもんで遊ぶな!」
prev next