どの言葉を言うよりも先に刑部の首に飛びついた。
久しぶりに感じる外の明かりに微かに目眩を覚えるも、すぐそばの刑部の包帯の匂いがこの上なく心地よかった。
どこかの門を緩められたように目から涙が溢れ出る。
「刑部、家、康さん、が…ずっと、来てて…っえ、」
「そうよな、それからどうした」
「分かんない…もうずっと、頭がぐるぐるして…」
「さよかさよか」
あやすように何度も頭を撫でて、よしよしと呟いてくれた。
疲れているだろうから、いつもは戦帰りの刑部にはあまりこうして引っ付かないようにしているけど、今日だけは別だった。
「一歩及ばなんだなぁ、すまぬすまぬ。あれは怖かろ、恐ろしかろ」
「怖かった、怖かった、刑部…」
「われはここよ。しかと触れ、消えぬようにな」
「うん、うん」
体を起こすと、刑部は私の手を自分の首へ、頬へあてがった。
刑部の形。
ここにいる刑部の輪郭。
零れた涙を心なしか嬉しそうになめながら、緩まった包帯の隙間から覗く獣のような瞳が細まる。
「…何を見てるの?」
「ぬしの闇よ」
愛おしそうにそう言って、私の頭と背を静かに撫でた。
不自然なほどに赤い舌がちらちらとその口の中から見え隠れする。
「あの男は人の闇を炙り出す故、ようやくぬしの闇がわれの眼にも映りやる」
「…どんなのなの?」
「水のように溶ける闇でな、ふとした拍子ににじみ出るのよ。じわりじわりと」
実に愉快な形でな、独りにならぬと現れなんだ、刑部はそう言う。
「ぬしから染み出し、ぬしをくるんで、底の底のわれの元まで連れて行く。われにしか見えぬぬしの闇よ」
「愛いにも程があろうて。なァ」
またよしよしと呟いて髪を掬う。
刑部の言うことはよく分からなかったけれど、刑部が嬉しいならそれで良かった。
「ぬしはわれがおらねば過ごしていけぬな」
「うん」
「外にはあのような恐ろしき男がいるものな」
「うん、いたよ」
「考え事も下手であろ」
「それ言わないで……」
「ヒヒ、よしよし、よしよし」
緩んだ包帯ごしに刑部が頬ずりをする。
何だか少し子どものようで、その黒い髪に指を絡ませて私も頬をくっつけた。
押し入れの中と全く同じ心地よさがきちんとここにはあった。
暗くて、狭くて、自分と闇の二人きりで。
ここにいれば私はあの布団のように、何か物になれた気がした。
「刑部はまだここにいてくれる?」
「いてやろ、いてやろ。ここしばらくは戦も起きておらぬしな」
「いなくならない?」
「不安ならしかとしがみついたままでおれ」
「私、物になりたいよ」
「案ずるな、ぬしはすでにわれの物よ」
「うん、うん」
「少し休め」
こくこく頷いてまた刑部にもたれかかる。
頭を撫でる感触を感じながら、閉じかけていく視界の中で何となく聞いた。
「刑部、ここのところ、戦は無いの」
「後にも先にもな」
そっかあ。
ああ、ならでもどうして。
刑部の数珠に血がついているんだろう。
そんなことも、ずっとずっと欲しかった声と温度に混ざって頭のどこかへ消えてしまった。
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