大谷吉継 | ナノ





「小雨殿!」

「徳川様、御無茶は困ります…!」

「小雨殿、このままでは刑――」



その瞬間、わわわわと耳を叩いて何の声も聞こえないようにする。
これが耳を強く押さえつけるよりもずっと効果があることを私はずいぶん昔に知り得ていた。

おかげで、そこから先は散り散りになった声の欠片が飛び込んできただけだった。



「徳川様、これ以上奥方様の心を乱さないで下さりませ」

「押し入れに入られてしまったら旦那様以外に出せる人間はおりませんで…今日の所は…」



私は家康さんがもう一言も発さないでいてくれることを心から祈った。
果たしてそれは叶ったのか、もう耳が全てを拒否したのかは分からない。
ただようやくやってきてくれた暗闇と静けさに、何よりも安堵した。



「ぎょう、ぶ……」



ああかまどになりたい、布団でもいい。
何にも考えない物になって一生懸命お料理を作りたい。
私がかまどになったら小さな火でも頑張って熱くしてみせるし、布団になったらあまり干してもらえなくてもふかふかでいられるように頑張る。
そうして私を使ってくれた人を多分皆大切にする。
いつか時が来て壊れるか破れるかしたのなら、裏の山か土の下に打ち捨てて欲しい。
そしたらゆっくりと土か、川の水に帰るから、そこからまた新しい何かになりたい。

そうして刑部の近くにいたい。



「…う…ぇっ…」



泣いたら布団に染み込んでしまうのに、止まれはしなかった。
こうするしか私には分からなかった。
私は口が上手じゃないから、向こうから何かを聞き出すなんてきっと出来ない。
顔にも出てしまうから都合の悪いことを隠せもしない。

物になりたい。
そうすればもっと楽に、より自然に、刑部のそばにいられるような気がして。



それからどれだけそうしていたのか、途中で何度か眠ったかも知れない。
朦朧とする意識の中で体の底を密やかに叩くような音が聞こえた。

ぼんやりと目を開けると、押し入れの襖がゆっくりゆっくり開かれていく所だった。





「…やれ、やはり兎はここよな」



襖にかけられた手には包帯、低さのせいで体しか見えないそこには、今日も周囲に数珠が浮いていた。
顔を上げたまま開いた口を閉じられない私へ、ひょいと刑部が首を曲げて覗き込む。
鎧も何もかも外していてざかざかと着物を羽織っていた。



「丸二日出て来なかったと聞くが、はてその顔では気づいておらぬな。兎は暗く狭い所を好むとはいえ、われにこれ以上飯食わずの世話をさせ……やれどうした、泣くのは早かろう?」



 

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