私の頭の中で家康さんが悲しい悲しい顔をした。
そんな表情は見せたことがないはずなのに。
私の頭の中は絡まってばかりで、あちこちで玉結びが生まれては擦り切れそうなほど引き伸ばされて、それもそうだ、まとめてくれる人がいないのだから。
優先する順番の一番上の人がいないのだから。
だからもう無理だ。
これ以上考えることは、私の頭が警笛を鳴らしていた。
「……小雨殿?」
数日後に訪れた家康さんへ、私は久しくぶりに玄関から姿を見せた。
一瞬微笑みかけた家康さんへ、それでも静かに頭を下げた。
「ごめんなさい」
出来うる限りの平静さで告げる私に、どうしたのかと、問う。
「…もう、来てくださっても、話は出来ません。それで帰らないと言うなら、一晩でも二晩でも放っておきます」
「……なぜ」
「……私は、弱いのです」
家康さんはそんなことをする人ではない。
けれど何の確証もない。
非力な私では確かめるすべを持っていない。
だったら、私に出来る選択はこれしか残されていないのだと。
「……わしを信じてはくれないか」
「私は、そこまで、強くありません……」
「刑部のためなんだ!」
ひたすらに真っ直ぐな視線をしている。
きっとこの人の言っていることに嘘はないのだと思う。
けれどこの人を信じられるのは自分を持っている、強い人ばかりのように思う。
「小雨殿、刑部のためにも…!」
「っでもあなたは刑部じゃない!」
そう言い切ると、家康さんは目を見開いて口を固く結んだ。
その目に浮かんだものが悲しみでなければ何だと言うのだ。
耐えきれなくなり、踵を返して屋敷の中へ駆け込んだ。
「小雨殿!」
耳を塞いで無我夢中で奥へ奥へと走る。
背中に纏わりつくこの家の人以外の空気を振り払うように。
ああ。
誰かとの繋がりを断ち切るのは、どうしてこんなに胸が張り裂けそうなんだろう。
必死に自室の押し入れまで辿り着いて、ふるさととばかりに一生懸命そこへ潜り込む。
戸を閉めて真っ暗闇の中、しまわれた柔らかな布団に顔をうずめた。
けれど豪快な足音がすぐに押し入れの前までやってきた。
必死に止める家の人たちの声も。
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