「……小雨様、また…」
物憂げな女中さんが申しわけなさそうにそう告げてきた時、意図せずに体がびくりと跳ねてしまった。
それを見て更に眉尻を下げながら、お手を煩わせて…と謝られる。
「何分、お相手がお相手で……」
「いえそんな……」
仕方ない、と多分良くはない顔色のまま女中さんに連れられて屋敷の外に出た。
庭の敷石が続く先、門の向こうに立ってこちらを見据えている存在の目を出来るだけ直視しないように。
「……今日こそはわしの話を聞いてくれ、小雨殿」
「…いや、です…!」
それがいつまで持つかは分からないけれど。
事の始まりは数週間ほど前。
その時すでに、刑部が三成さんと各地へ戦に出て一月が経っていた。
以前は同じ豊臣にいた家康さんと戦うために、軍を増やさなければいけないらしい。
「刑部ちゃんと休んでるかなあ……」
「そこは心配どころでございますね」
そんな会話をもう数十遍も女中さん達と交わした頃。
家康さんはやってきた。
当然屋敷の管理を任された人達が皆々動揺しながらも、家主はいない、しばらくは戻られないと伝えたにも関わらず、頑なに家康さんは帰らなかった。
今日は小雨殿に会いに来た。
同じ豊臣にいたよしみで話をさせてくれないか。
そんなことを言うものだから、管理役の人達は頭を抱えてしまった。
「小雨様が吉継様の奥妻であるのは知られていますから、恐らく説得に来たのでは……」
青ざめた女中さんの言葉に私も同意した。
戦に立つ前の刑部にも幾度も忠告を受けていたから、私は顔だけを見せてきっぱり申し出を断ることが出来た。
こういうことが最も苦手な私としてはこれだけで十分体力を使い果たす出来事だったのだけど。
「また…いらした?」
「……はい」
三日と開けずに家康さんはやってきた。
必ず昼過ぎに、そして一人きりで。
屋敷の人達がどれだけ諫めても決して帰らず、私が出て必死に抵抗をするとようやく引き下がる。
それを幾度となく繰り返した。
「刑部に伝えてはくれないか」
「駄目です!聞きません!」
「わしはこれから…」
「は、話したら逃げますよ!」
「刑部の協力が必――!」
「帰って下さい!帰って下さい!」
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