「おい刑部、小雨はちゃんと生きてんだろうな?」
夜。
結局包帯は巻かずに着物と顔への巻き布だけで職務を終えられたことに満足していると、雑用を言いつけていた黒田からそのようなことを言われた。
「ほう、以前にぬしが出会った小雨は幻か。やれ哀れな、われが良い薬をくれてやろ」
「いるか!……お前さんのことだから、蔵に閉じ込めたりいびって泣かせたりしてんだろうと思ってよ!」
「どこぞからそれを知り得た?」
「んな!?」
「蝸牛の頭は冗談も知らぬか」
「っお前さんの冗談は笑えないんだ!」
ワカッタワカッタと煙管片手にさっさと去るよう促すと、歯ぎしりしながらも比較的早く戻って行った。
以前に最も小雨と親好が深かった分、唯一純粋に安否を尋ねて来たのだろう。
だがそれが気にくわないので、取り敢えず憂さ晴らしにずいぶん黒田について脚色した報告書を作っておいた。
(…虫の知らせ、か?)
今日一日を振り返り、偶然とはいえよくまああれだけ発言が被ったものだと感心する。
試しに手慰み程度に心得た占いを数珠でやってみるも、凶以外が出た試しがないのでやめた。
(…全くわれも健気よ)
夜半、仕方なく輿に乗って屋敷の様子を見に行くことにした。
久しく使っていなかった数珠の肩慣らしという自分への名目付けも忘れない。
着物と顔への巻き布だけなので普段より風が染み入る。
(あれは今頃…そうさな、寝ているに賭けてみるか)
今宵は月がよく出ているから、縁側辺りで月見をしているうちに眠ったかも知れない。
そうしてその内女中に起こされるか自力で気づくかした後に、ああいつもは刑部がいたから、知らず知らずに寝落ちることもなかったなあなどと考えているかも知れない。
「…暇はいらぬことまで考えさせる」
そうかぶりを振った直後、久々の自分の屋敷が見えてきた。
流石に空から入れば見張りにいらない警戒もされないだろうと、そのまま庭に降り着くことにする。
そうして一通りぐるりと自邸を見渡すと。
「…ぬしは誠に期待を裏切らぬな。いや悪い意味よ」
「……ん…?」
予想通り、見当通りの格好で、縁側に眠る小雨を見つけた。
寝間着のまま柱にもたれかかり、一度は気がついた意識をまた手放そうとする。
仕方なく目の前まで近づき、頬に手を添えようとして。
今日は包帯を巻いていないことが頭をよぎった。
今更といえば今更で、けれど無碍に出来るほど割り切れてはいなかった。
日常であれば気に留めることも少ないというのに。
それでもどうにか、ゆっくり、手を添えた。
prev next