「ああ大谷君、小雨君は元気にしているかい?」
朝、互いの持っている書物を交換しに来た半兵衛が何ともなしにそう尋ねた。
恐らくそれは今が近隣諸国で戦の絶えない時期に入っており、自分がめったに屋敷へ戻れない状況なのを察してのことだろうと吉継も見当がつく。
「はて、あれに元気以外の言葉が当てはまる時などとんと思いつきませぬが」
「ああ…まあそうだよね」
君ならそう言うと思ったよ、と心なしか微笑んだ。
嘘は言っていない。
泣くにしても笑うにしても、ましてや風邪を患ったときでも小雨から生気が消えることはない。
「この所、自分の屋敷と連絡を取りたがる家臣が多いから君はどうなんだろうと思ったんだ。変わりが無いのなら何よりだけれど」
それだけ告げて、礼と共に蔵書を抱えて部屋を出て行った。
歩けるならば自分が相手の部屋に運ぶべき立場ではあるが、こればかりは仕方がない。
(文か……)
小雨とは文らしい文を送り合ったことがない。
屋敷の者からの通達や報告は珍しくもないが、当の本人とは全くといって良いほど。
何故か、とも考えたが。
(……まあ良い)
とりあえず今は目の前の新たな書物を読むことに専念した。
「刑部、貴様の細君に変わりはないか」
昼、今日は一日中部屋に籠もるので包帯を巻くか巻かないかを思案していた際、部屋に来ていた三成にそう尋ねられた。
一瞬でも半兵衛が何か三成に入れ知恵でもしたのかと思ったがそんなことをする理由も確証も無い。
「ほう、ぬしにしては珍しいことを聞く」
「当然だ。知った顔とはいえ刑部の奥となったのなら裏切ることは私が許さない」
愉快なのは三成が気にしているのは小雨の体調などではなくもっと深い部分のことで、そしてそれを見抜くのは恐らく自分の方が長けているだろうと瞬時に分かったことだ。
「あれにそのようなメデタキ考えを思いつける頭があれば、われの悪だくみもたいそう捗ろうな」
「ふん、そうか」
一応の納得は見せる。
知らぬ顔でもないので、そこまで疑ってはいないのだろう。
このようなことは当初から幾人にも囁かれた。
今更とも言えるべき問いだ。
「あれは朱に交わらぬ故……」
「何か言ったか」
「いや、隙間風の音よ」
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