大谷吉継 | ナノ





穴にでも吸い込まれたかのように、急激に意識が体中へ戻った。
弾かれるほどの速さで開いたまぶたに二重三重に重なる天井が映る。
飛び込んできた空気が胸に押し入るや否や、止まっていた反動か凄まじい勢いで胸が上下して呼吸を行うことに必死になった。


生きていた。


辛うじて右手をわずかに動かすと、即座に小雨と三成が視界に入り込んでくる。
急に意識を取り戻したせいか激しい耳鳴りで何の音も捉えられぬも、その口々がわれを呼んでいる程度は読み取れた。

揺らぐ視界。
それでも片や悲しげに、片や苦しげに歪んだその顔は視界のせいではないと、自然と理解した。
ぎょうぶ、とその口々が動く。





わたしをおいていくきか





声は聞こえぬと言うのに、目の前の二人の口が同じ時に同じ形を象ったので、軋む体が笑った気がした。
聴覚が遠い黄泉の国から引きずり戻されたかのように少しずつ蘇った頃、小雨はわれの肩に顔を埋めてしまい、三成はもう片方の肩を痛むほど強く掴んでいた。

暗く暗いこの現の中で。
蜘蛛の糸よりもか細いわれの命の糸を、この二人はどうやって見つけだすのであろう。
こんなにも不器用で、痛々しいほどに透いた中身しか、持っておらぬというのに。





「…ヒ、ヒ…まだしぶとく、留まるか…」

「刑部、今は喋るな!」

「無理を言うな…口でも動かさねば、まだ引きずられそうなのよ…」

「刑部…!」



顔を上げた小雨は涙を堪えているのがありありと分かり、何か言って泣かせてやりたい衝動に駆られる。
それでもその頭へ手を置いてやるだけに留めた。



「刑部、大丈夫?ちゃんとこっちにいる?」

「…いつもと変わらぬ。彼岸をさ迷い、夢を見ているうちに戻ったまでよ」

「刑部が夢見たの?珍しいね」

「そうさな……」



われの意識を引きずられぬよう、小雨は途切れることなく言葉を紡ぐ。
三成は横で、まだ肩を掴んでいることに気づかぬままこちらを見ている。
まだ夢を見ているのかも知れぬ。
ふとそう思い、そしてそれに何の違和感もないことに恐怖を覚えた。

われの夢はいつもいつも、平穏な記憶だけを連れてきやる。
平穏で安穏で、取るに足らず、明日には忘れていそうな。


その上いつまでもそこに留まりたいと思う、そんな記憶を。



 

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