大谷吉継 | ナノ





ぶつりと音を立てて光が消えた。
同時に映し出されていたはずの風景も。
やれ、また走馬燈かと思考だけがいやに落ち着くも、肉体は相反して治まる気配を一向に見せない。

息の一つ一つが水のように喉の奥へ戻ろうとする。
渾身の力を込めて肺を動かせど、横になった口から溢れさせるまでには力が足りぬ。
大した重みのない包帯でさえ体のすべてを布団ごと畳に縫いつけようと謀っているとしか思えぬ。


生まれた時より、この体の近くにはいつも闇が寄り添っていた。
家の者といる時も、一人部屋にいる時も、立っても寝ても、どこにでも。
はっきりとした姿は見えぬ。
ただ視界の端にちらりと姿を表して、いざそちらを見ると消えている。
故にはっきりと姿を捉えてなどおらぬのに、それはいつも、笑っている気がした。

そうして何年も生きた後、この足がついぞ動かなくなった時。
今まで端にしか存在しなかった闇が徐々に視界に広がり始めた。
その時知った。
これは絶望という名前なのだと。



とうに見飽きた彼岸がまた耳の横まで迫りくる音が聞こえた。
磨き上げた銀色に光る美しい玉を水面へ落としたかのような、滑らかで密やかな音を立てながら、岸が徐々に近づきゆく。
とぷん、の後に波紋を残して、またいくつもいくつも丸い何かが水しぶきもあげずに水面へ落つる。
恐ろしく美しい、悲しい、惨めな。

この水面に落ちるものは人の命ではなかろうかと思い出したのはいつの秋だったか。
玉が、魂が彼の世に落ちる音。
恐ろしい、音。
それが自分を呼んでいる。

ぬしも音の一つに戻りやれと、誘惑にも似た声で囁く。



楽にしてくれと叫ぶのは容易い。
しかしわれの肩に腕回す絶望がその叫びを嬉々として承知することも知っていた。
消えかける意識の淵で、どこへ届くとも知れぬ為手を伸ばすことも出来ぬ。
燃え尽きるほどに熱い体を冷まさせよと、水面が、水面下の意識が誘い込む。

恐ろしいほど澄んだその水に片足を差す。
次いでもう片足、臑、膝まで浸せばもう意識は流れ出で、己で司ることは最早かなわなくなり。



背後に忍び寄る絶望が、この背を小さく、突き飛ばそうとしやる刹那。



左右からこの脆い腕をわしづかむ二対の生き物を見る。
一つは縋るように、一つは逃すまいとするように、燃えるような熱さの体へしがみつく。
背に迫った絶望を踏みにじり、半ば強引に水からこの体をあげようと更に強く腕を掴んだ。
そこからわれの熱で皮膚が焼ける音を確かに聞いた。

やめよ、掴むな、そう発しても、向こうはただひたすらに何事かを吐きながら岸を目指す。
延々と吐きながら、もどかしそうに悲しそうに呟きながら、そう。



行くな と叫びながら



 

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