―小さな戦があったようです―
「刑部血まみれで帰って来るんだからびっくりしたよ…」
「案ずるな、十割他人の血よ」
体に巻いた白い包帯のほとんどが真っ赤に染まっていた。
共に戦で手腕を振るった三成は、敵を斬るのにたいそう容赦をしなかったらしい。
その結果がこれだ。
出迎えた小雨も心底驚いていたが、今は包帯の隙間から肌についてしまった血を拭こうと手ぬぐいを絞っている。
「包帯もほどいたし…と。またあちこちついちゃって」
「あれは手加減を知らぬ故」
そうだね、と頷きながら当人の前で膝をついて肩の血を拭く。
前面を拭き終えてまだ背面が残っていることに気づくも、いつもの数珠がぐるぐると浮いていて背後には回れない。
前から腕を伸ばすしかないか、と吉継のあぐらの中に膝をつきなおした。
「刑部、背中見たいからちょっとそっち向いてて」
肩から身を乗り出したいので先ほどからしょっちゅうこちらを見ていたその顔を、ぐりんと向こうへ向けた。
途端、すぐにまたぐりんとこちらを向いてくる。
「…刑部。こっち向かれてると背中のぞき込めないんだって」
「はて何のことやら」
「この…!」
またぐいと両手で向こうを向かせてもバネが仕込まれてるのか勘ぐるほどぐりんぐりんぐりんぐりん戻ってくる。
完全に遊ばれているとさすがに気づいた。
「いやはやこの所首が言うことを聞かぬのが困る」
(この構われたがりめ…!)
もう!と半ば怒りながらよく動くその首へとっさに左腕を回して動きを止めた。
ぎゅう、とそこに力を込めながら、体を乗り出して空いている右手でせっせと背中を拭くことに成功する。
小雨がこういった仕事のことになると、普段なら敏感に反応する密着だとかくっつくだとかが頭から抜けることを知っているので。
吉継の首もとにしっかり抱きついていることも本人は気づいていないらしい。
「全く、便利な首なんだから…」
「♪」
嬉しい。
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