途中に目が合うと悪戯っ子のように笑う。
無邪気で、それでいて小生意気に。
むぎゅ
「ひょうふ、なんれほっへひっはるの」
「…いや、仕置きよ」
「えー、何も悪いことしへな…たたたた!」
片手でつまんだ頬を思い切りこちらへ引っ張ると、千切られまいとずいずい目の前までやってきた。
額を重ねられそうなほど近くまで寄せてからようやく手を離してやる。
「なに?刑部」
「…早に寝やれ」
「ええ、結局何で私ほっぺ引っ張られたんいたたたた寝ます寝ます!」
最初から素直にそうしていれば良いものを。
離した頬を撫でながら多少痛がる声をあげたものの、その場で大人しく丸まった。
小雨が口をつぐんだ途端、加速して雨の音がはっきりと耳に届く。
目を閉じれば、自分の真上から降り注いでいるかのような錯覚さえした。
「…刑部は、」
布団に顔を押しつけているための偶然か否か、くぐもった小雨の声が問うた。
「ひどい雨の日はいつもこうしてた?」
「……ああ、政務がなければな。他に何をするあてもなし」
まだ小雨がここへ来る前の頃、時間だけを残酷に自身へ与えていた。
言葉で説明できぬことは好まぬ故、当然、雨天の気が滅入る感覚も嫌っていた。
あの頃のわれは一人布団の中で何に思いを巡らせていたのか。
大方悪だくみか呪いか、そのどちらかだろう。
「…ぬしは何をしていた」
「んー…押し入れとかかまどの下とかに隠れてたかな」
その年でか、と笑うと、片腕を握って圧迫された。
次いでかけられるであろう非難を予想していたが、小雨は思いの他うつらうつらとしているらしい。
ぼんやりとその顔を見ているうち、こちらもだんだんと外の雨音が耳から遠ざかっていった。
訪れた静寂に微かに目を開く。
時間がどれほど流れたのかはとんと見当がつかねども、この感覚に浸る時だけは体への苛みを全て無いことのように思える。
眠りの淵。
意識の狭間。
これをまどろみと人は言うらしい。
自分にとっては意識ごと宙に浮いているような、ゆるりゆるりと死んでいくような、何とも言えない心地よさがある。
同時にやまぬ雨のような物悲しさも。
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