「ひっひっひ…」
「こ、怖い……刑部、あの、引き分けで良いから許し…」
「今日はいささか雨が降るか?」
「ご、誤魔化しは駄目だからね!」
「いやまことよ。空を見やれ」
「……空?」
ゴォン!
「あたっ!」
頭上から落とした数珠の一玉が見事に命中した小雨がくらりくらりと弧を描いてその場に倒れた。
やはり四つ用意したのは懸命だったか。
庭に散らばる残り三つを引寄せて仕舞うと、軽く気絶した小雨へ体を向ける。
こやつは時に侮れぬから恐ろしい。
阿呆なのか果敢なのかわれへ逆らう度胸もとんと衰えない。
「……ぎょう、ぶ…」
…まあ、憎めもせんがな。
――――――…
薄らぼんやりとした意識の波が静かに静かに去っていった。
それと同時に瞼がつられて開く。
畳かどこかに寝ていたのかと思ったら、視線がわずかに高い。
下にしている頬が妙にぬくいものに触れている。
これは何だろう、と手を伸ばそうとすると、ぎちり、と鈍い音と共に両手が全く動かせなくなっていることに気がついた。
「……え?」
「起きたか」
すぐ近くから刑部の声。
胸の前で拘束された両手を使わずに何とか体を天井へ向けると、こちらを見下ろしている刑部と目が合う。
私はあぐらをした刑部の膝上に頭を乗せていたらしい。
顔にかかった髪をかきあげるその手に、一瞬でも自分がなぜ意識を失ったのかを忘れてしまった。
「……刑部!?」
「全く箪笥の角ごときで失神とは…」
「いや、騙されないよ!?何を仰るの!?」
しかも少し不名誉な感じになっている辺りが憎らしい。
反抗として咄嗟に振り上げた両手にはしっかりと包帯で縛られていた。
「な、何で私縛られてるの…?」
「狩った獲物を持ち帰るときの術であろ」
「持ち…帰るって…」
「無論、厨房よ」
さあっと顔から血の気が引く音を生きていて三番目くらいの鮮明さで聞いた。
「しかしぬしの捕らえ易さは天下一品よな。今日の内に今一度は縄にかかりやるかも知れぬ」
「そんな不吉な予言しないで!」
「われと不吉はトモダチよ」
ぐい、と私の体があの恐ろしい数珠の力で浮き上がった。
刑部も時を同じくして浮き上がる。
連れていく気だ、私にとっての「厨房」に。
「ちょっ、ちょっと待って刑部!」
「ひい、ふう、みい。そら待った」
「違くて!違ってないけどそうじゃなくて!えっと―」
「動くと舌を噛み切るぞ」
「!」
結局私がふよふよと連行される最中、刑部の輿に乗っているならともかくあの危険な球体に捕らわれている私を助けることは城中の誰にも出来なかった。
刑部のことは好きだけど、この数珠くらいは嫌いになっても許される気がした。
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