「ぎ、刑部、一つ聞いていい…?」
「何だ?」
「えっと、兎が仮に逃げ切れるってことは…」
「無いな」
「早い!」
再び近くで玉が光りだしたので私も質問そこそこに飛び出した。
私の背後と頭上から不吉な音と声が降り注ぐ。
「そらそら待ちやれ兎っこ。優しく皮を剥いでやろ」
「例えって分かってても怖いよ!」
「おっと手が狂わなかった」
「やだ!狂って!」
足元を狙って、地面に食い込むほど勢いのある玉を降らせてくる。
あ、もう殺す気なのかなこれは。
「ぎ、刑部、本当に楽しんでるとかないよね?ただの暇潰しだよね?」
「何ほんの戯れよ。ヒヒヒヒ!」
ああっ、その笑い方は本気で楽しんでる!
もう、もう駄目だ、生かしてもらえると期待しちゃ駄目だ!
何とか…何とかしないと…!
――――――…
「…消えたか」
つい先程まで半泣きで逃げていた小雨が雲隠れした。
履き物がどこにも無いところを見るとまだ庭のどこかへ潜んでいる可能性が高い。
こうまで必死に逃げるとは思わなんだ、期待通りだが。
庭が一番広く見える場所として、自室の縁側に再び輿を下ろした。
「さて、鮫にいたぶられる兎はどの島へ逃げ込んだ?」
ぐるり辺りを見渡すと、西側の茂みの根元に微かに白い物が突き出ていた。
恐らく小雨の履いている白い草履か何かであろう。
例えるなら尾か。
「最後に気を抜くは白兎の定めよな」
口元の笑みを何一つ隠さず、そばに控える数珠の三玉をそこへ向かわせた。
さて何が釣れやる――
「…御免!!」
「!」
気を庭の茂みへ向けた直後、背後から背へ有無を言わさず飛びつかれた。
背に伝わる感触で瞬時に小雨だと察したが、小雨はわれが行動するより先に脇下から手を入れわれの両手に掴みかかる。
「…どこにいた?」
「…押し入れ…」
「ほう、自ら懐に飛び込むとはぬしも聡いな」
「ち、違うよ!これはえっと……えい!」
片方ずつ握っていたわれの両手をその場でパンと叩き合わせた。
「!」
直後、音を立てて地に落下した数珠の三玉。
成る程、この女われの数珠と手の動きを理解していたか。
窮鼠改め窮兎なんとやらとはよく言ったものよ。
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