「わあ、いい天気」
部屋の空気を換えようと開いた障子の向こうには雲一つない青空が広がっていた。
最近は晴れが続くから嬉しいなあ、と伸びをした時、後ろでどこかへの文を書いていた刑部が筆を置いた。
「刑部、たまには外に行く?」
「…そうさな」
両手を何度かゆらめかせた後、僅かに輿を浮かせて縁側まで移動してきた。
柔らかい日の光に多少目を細めるも、嫌ではないらしい。
「やれ、兎狩りにでもくり出すか」
「…刑部兎好きだっけ?」
「そうさな、好いておる」
「へぇー」
でも少し兎可哀想だなあと思っていると、刑部がいつもの数珠を数玉持ち出した。
ああ、あれの方が捕りやすそうだもんね。
「四つか…まあ手加減して三つあれば楽しめよう」
「便利だねー。近くの山にでも行くの?」
「いや、この庭の内で十分よ」
「え?でもここの庭に兎は……」
ふよん、と刑部が浮かせた玉の一つが私の目の前に浮かんだ。
何だか妙に光を放って…あれ、これ攻撃体制じゃないですか。
え、ちょ、え?
「もしかして兎って……………私?」
「よもや今頃気づいたとは言うまいな」
「え!ちょっと、待ってじゃあ兎狩りって…」
「さて狩るとするか。さしずめ因幡の白兎でも」
その日の私が着ている着物は、白かった。
「い……いやああああああ!」
―――――…
背後から凄まじい音を立ててせまりくるその浮遊物から、私は必死で逃げていた。
まさか先ほどまで哀れんでいた無力な兎が自分のことだったなんて皮肉な話だ。
「そらそら追いつくぞ」
「わっ!」
縁側に座ったまま優雅に玉達を動かしている刑部がせせら笑いながらそう告げる。
両腕に触れそうになった二つの玉をどうにかかいくぐり、私は物置の影をすり抜けた。
「や、め、て、よおお!」
「や、め、ぬ、なああ」
昔から刑部に追いかけられたり悪戯されていたので普通の人よりは反射神経が良い。
それが今無駄に刑部を喜ばせる結果になってしまっているのかも知れない。
「こ、怖い怖い怖い!」
「怖いなら早に狩られれば良かろ」
「それも怖いの!」
そう、刑部の数珠に追いかけられるのは怖いけど、今「兎」としか見られていない私が捕まったらどうなるのか考えたくない。
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