食事の間に据え付けられた大きな掛け時計が、厳かに二つの鐘を鳴らした。
日常的に聞きなれている生活音なので気にとめるものは少ないが、この家の主、トロンだけが顔を上げる。



「さて…散歩に行こうかな」



同じ室内にいたミハエルの耳にもその呟きが届く。
最近自分の幼い父親が頻繁に散歩に出向くことは知っていた。
自分が学校から帰ってきた14時ちょうどにこう呟くことも。



「トロン、お出掛けですか」

「うん、少し歩いてくるよ」

「……僕も行きましょうか」

「大丈夫だよIII、その辺を散歩してくるだけだ。すぐ戻るよ」



いつ聞いても、それ以上の言葉が帰ってきたことはない。
1人で玄関の扉を開けて、外の世界に滑り出していく小さな背中を見送る。

出かけるのにこの時間を選ぶ理由は何となく察しがついていた。
父であるトロンが行動する際に必ず付き従うクリスが、この時間になると研究所へ出かけて不在になるのだ。
その時間にしかトロンは散歩に出かけない。



(父様が頻繁に出掛けていること、V兄様にお伝えした方がいいのかな……)



自分達の長兄に、トロンがよく散歩へ出ている事実は伝えてある。
しかし、あえてこの時間を選んでいることは報告していなかった。

家を出ていく時の彼の顔が、どことなく穏やかで、楽しげで。
まるで散歩を心待ちにしているようだとは、なぜだか言い出しにくかった。





公園にて。
屋敷の近くにある公園は広く、小さな森や小川が広がっている。
暖かくなってきたばかりのこの頃では、過ごすのにとても心地が良い。
普段通り仮面の出で立ちでこの公園にやってきたトロンが軽く辺りを見渡すと、すぐに目的のものを見つけた。



「ああ、マリア。ここにいたんだね」



名を呼べばその女性はすぐにこちらを向いた。
そうしてベンチに座ったまま、小さく笑みを浮かべる。



「こんにちはトロンさん」

「こんにちは。今日もいい天気だね」

「はい」



マリアと呼ばれた女性はとても自然に一つ分の空間を空けておいてくれたので、慣れたように自分も隣に座った。
彼女が読んでいた本を話題にあげ、いつものように会話を始める。
もうこの時間が両手の数程も繰り返されているので、とても自然な流れに感じられた。



「今日はご研究は?」

「うん、昼前に終えてしまってね。周囲が優秀だと僕も出る幕がないな」



傍から見ればまだ少年であるトロンが語るには相応しくない口調や話題も、マリアと呼ばれた女性は気にしていないようだった。
ミハエルの予想は的中している。
毎日のこの時間、二人はこうして話をしていた。




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