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武将達の朝は早い。
【仕事全集・午前版】
「じゃあ手鞠、今日もよろしくね。」
「はい!」
ビシッと半兵衛へ片手を上げ、一山はありそうな手紙を束にして腰へくくりつけた。
それから大量の相手への大量の言付けが書かれた長い半紙も。
「人にぶつからないよう気をつけるんだ。
城内を走り回るのは君だけだからね。」
「はい、行ってきます。」
そう答えるや否や小袖を翻して半兵衛の部屋を飛び出した。
朝の人通りの多い廊下を縫うように駆け抜ける。
時折女中や顔見知りが挨拶をしてくれても、次の瞬間には互いに通り過ぎているのでなかなか返事を仕切れなかった。
ひとまず一階まで吹き抜けを飛び降り、厨房にいる調理長に文の一つを渡すついでに窓から屋根に上がり、そこを渡って次は馬小屋の管理役へ文を渡す。
そこに半兵衛からの仕事の指示が書いてあるので、文を受け取ったらそれに従って皆々動き出す。
「河合ー、河合ー。」
「おや手鞠殿、私は何と。」
「正午に来て欲しいって。」
文を出すほどの指示がない相手の場合、長い半紙に皆一言ずつ指示が書かれているためそれを伝えるのも仕事。
駆け抜けながら何人かに言伝て、二階の屋根へ飛び乗り再び窓枠から廊下へ舞い戻る。
そこの突き当たりの長い階段を勢いよく走って昇った先に、毎朝わずかな隙間が開いている障子が存在した。
「刑部おはよー!」
「嗚呼。」
走り抜ける途中でその障子の隙間に文を投げこみ、中から返事と受け取る音が聞こえたのを確認しながらまた先の階段を駆け下りる。
そのまま左手に広がる中庭へ縁側から出で、その真ん中を横断して広い稽古場に履き物を脱いで上がり込んだ。
「はあああ!
貴様それで秀吉様の兵を名乗る気かあああ!
次だ!」
「は、はっ!」
「三成ー!」
朝っぱらから兵達の特訓(という名の組み手の付き合わせ)をしていた三成が振るう竹刀を避けながら横を通り抜けようとする時、毎回一瞬だけこちらへ手のひらを向ける時があるので、そこにスパァンッと文を叩きつけてから駆け抜ける。
一瞬の出来事。
「私は半兵衛様からの文を読む、終わるまでそこに静止していろ。」
「静止!?」
毎朝そんな声がする。
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