豊臣軍 | ナノ


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ひらりひらりと宙をたゆたう布の端切れは数えてみれば二つ。
風がなくとも本体が進めば、地に落ちることなくいつまでも踊るようにはためいていた。

いつぞやに天の羽衣の話をしてくれた半兵衛へ、それは刑部の手首から伸びているあれのようなものかと尋ねたら。



(きっとそうだろうね)



そう言われたのを思い出す。
宙にたゆたう包帯の端をどうしてそんな風に感じたのかも聞かないで、ただ笑って認めてくれたのを思い出す。

それがとても嬉しかった。






*森と墓場と*









「…はて」



城の裏手に広がる森の中を悠々と進んでいた輿が止まった。
同時にたなびいていた包帯の端も静かに落ちる。



「われは同伴を連れてきた記憶はないが」

「…あれ?」



ゆるり振り返った吉継の目に、手鞠がはたと気がついた。
その腕から流れる包帯を追っていた自覚はあったが、今どこへ来ていたのかは全く頭から抜け落ちていたらしい。

吉継にすれば気配を消す気もなくぽってりぽってりついてこられ、本意を図るのにかなりの時間を使わされた。



「ここ森?」

「それ以外に無かろ。ぬしの目玉は何を見て歩いてきた」

「刑部のひらひら」

「ぬ?」

「うんと、その、ひらひら」



指をさされ、ひょいと腕を持ち上げてそれを見た。
二の腕に巻いている包帯は端を縛るのも窮屈で、手首の辺りから長く垂らしたままにしている。

試しに右へ持ち上げると手鞠の眼が顔ごとそちらへ向き、左へ持ち上げるとやはりそちらへ引きつけられる。
本当のようだ。



「体は育ってもまだまだ趣向は幼子よな。いや、獣の子よ」

「どうして?」

「本能のままに動くなと、あれほど軍師殿から言われていよう」



うん、と頷くも、視線は全くひらひらから離れない。
一度手鞠の本能に食い込むものがあれば途端にこうなってしまうので、再三注意を受けていても仕方のないものは仕方ない。



「ぬしの本能の基準はとんと分からぬなあ。このような物、珍しくも無かろ」

「珍しい。きれいだった。羽衣みたいで」



瞬きすらせずに贈りつけられる本音。
純粋な善意と純粋な悪意が同居をするなら、こやつの体の中だろう、と考えた。

汚れの無い言葉が隙間なく汚れた者へどれだけ食らいつくか、恐らくは誰も知らないのだ。



「…羽衣とはずいぶん嵩ました」



何故なのか分からないけれど今口から出せたのはたったのこれだけで、残りはもう全て飲みこんだ。
苦い味がした。


 

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