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今日も朝から城内を走り回るのが仕事の手鞠が、大量の文を携えながらあらゆる部屋を巡っていた。
その中の一つである吉継の部屋の前を通りがかると、珍しいことに障子が開ききられている。
この時は畳に陽を当てている最中と知っているので、その部屋へ盛大に転がり込んだ。
「刑部ー文だよおおぉ」
「やれ見知らぬ独楽が入り込んだか。そら回れ回れ」
「あははははは」
数珠で畳の上を転がし回され、視界がぐらんぐらんとしながらも何とか当人宛ての文を渡した。
「…あい分かった。承知したと軍師殿に言伝よ」
「うん。刑部の頭の蝶々元気?」
「今日はすこぶる調子が良いらしいな」
「それは良かった。うんとね、半兵衛と秀吉様は――」
「だから!それは君が危惧すべきところでは無いと言っているだろう!」
「それは我の判断すべきこと、聞き分けよ半兵衛!」
「こればかりは僕の好きにさせてもらうよ!」
「……元気なようで何よりよ」
「ね」
「そらそら、早に人払いをせぬと家臣が騒ごう」
「おー」
【結び合わし】
三つ上にある階からその喧騒は響いていて、急いで全ての部屋の障子や襖を閉め人払いを済ませた。
実は秀吉と半兵衛が言葉でぶつかり合うのは珍しくないので、この仕度も慣れっこの域だ。
どちらかがいつ休みを取るだの、三成の偏食をどこまで許すかだの、兵の鎧に幾らかけるべきかだのと、毎度些細なことなのだけど。
「君のために言っているんだ秀吉!こういった小さな事から致命的な失態が――」
「しかし見過ごせぬ!どうしてもと言うなればこの我を――」
終わる気配の無い喧嘩。
しかしこんな最中でもきちんと仕事の指示は出されるので、そっと二人の間へ入って行った。
が、はんべ、とまで口が形作った瞬間。
「っほら!こうしている今だって手鞠にはどこも不調なんて存在しないじゃないか!」
「へ?」
力任せに肩をわしづかまれ、秀吉へ見えるように向けられる。
「ならぬ!病の如き不調は目に見えぬもの…お前もよく知っておろう半兵衛!」
「わっ」
これまた力任せに頭をわしづかまれ、視界が巨大な手のひらで覆われる。
どうやら大変困ったことに、今回の喧嘩の争点は自分のようだと、すぐさま合点がいった。
どうしたのか、何か大変なことでもしでかしてしまっていただろうか。
そうハラハラしていた時、火花が飛び散る二人が異口同音に叫んだことは。
「だから!手鞠の半股はこの長さで十分だと言っているだろう!」
「ならぬ!体の冷えは万病の元ぞ!即刻長くすることを命ずる!」
刑部が前に言っていた考え損というのはこういうことなんだなあと、双方からがくがく揺さぶられながら思った。
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