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荒れる季節も過ぎ去ってうららかな朝、いつも通りの着替えを終えた半兵衛があることに気づく。
手鞠が来ていない。
普段ならとっくに威勢の良い挨拶をしにきている頃合いだと言うのに。
ひょい、と自室の窓枠から身を乗り出し、手鞠の寝場所である屋根へ声を投げてみる。
「手鞠。まだ寝ているのかい?」
返事はない。
まさかと思いはるか下の地上へ視線を動かすも、人が落下した形跡はなかった。
はて、と窓枠に肘をついた時点でようやく。
「……ああ、手鞠は使いに出していたんだっけ…」
自分が寝ぼけていたことに気がついた。
【心配症候群】
「じゃあ今日の軍議はこの辺りにしておこう。」
「うむ。」
「ああ。」
人払いがされている階の一室で、秀吉と黒田も含めた午後の軍議が終わった。
半兵衛と黒田が今一度手元の地形図を見やる中、別件の用のために立ち上がりかけた秀吉が、ふと。
「半兵衛、手鞠が使いに立ったのは昨日の昼だったな。
遅くはないか?」
「はは、何を言うんだい秀吉。
これくらいはかかる距離の所に行かせたんだ、問題ないよ。」
「うむ、そうであったな。」
では、と退室していった背をにこやかに送り出してから。
「…やはり誰か一人でも付けた方が良かったか、しかし適任が……足の速さなら三成君だが判断力が…大谷君なら或いは…いや、速さが伴わない……馬と雑兵、は訓練の日程が…」
(めっちゃめちゃ気にしとったあああ!)
秀吉がいなくなった瞬間に豹変する姿は何度となく見ているも、これはまた新しい豹変の仕方だなと感心しているわけにもいかず。
とりあえず他の家臣を出て行かせてから縁側に押し出した。
「…ということだと思うのだけど、君はどう思う?」
「小生に聞くな、小生に。」
ぴちちちと小鳥がさえずる中庭で思考が全く止まらない半兵衛と、完全に休憩に入っていた黒田。
昼を過ぎても戻らない手鞠に、さまざまな憶測が後を絶たないらしい。
「おつかい一つで大袈裟すぎなんだお前さんは。」
「そうは言うけどね黒田君、君は昨日の昼に出かけた子が次の日の昼に戻らなくても心配じゃないと言うのかい?」
「…まあそりゃそうだがな。
どこに何買いに行ったんだ?
何なら小生が見に行ってやるさ。」
「一カ所ではないんだよ…」
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