▼
稽古場から続く渡り廊下を進んだ先にある大浴場の女湯に飛び込み、まだ湯がはられていない風呂場の岩山を跳ねるように上っていると。
「あ!またそんな危ないとこ上りよって!」
「うわわわわわ。」
目をつけられている女中からそそくさ逃げて通風穴へ飛び込み、裏庭の火焚き場へ転がり出る。
大量の薪や斧、竈が並ぶ一角の隅に人の頭ほどの岩が積み上がった場所があり、「暗用」と書かれていたそこから一つ取り上げて文を縛り付けた。
「せーのっ」
両手で方向を決め、そいやっと正面に広がる林の中へ遠投した。
岩は綺麗な放物線を描きながら吸い込まれるように木々の中に消えていき。
ゴォンッ
「っだあ!
何故じゃああああ!」
今日も朝寝をしていた存在に命中したことをしっかり確認してその場をすたこら走り去った。
――――――…
「半兵衛ー。」
渡された文や言伝を全て届け、半兵衛の部屋に戻る頃には部屋の主はすでに執務に取りかかっている。
こうなると三回の呼びかけに一度答えるかどうかなので、すぐ次の仕事に移った。
黙々と棚の書を読みふけっては手元の兵法書らしき物に時々思い出したように書き綴るので、硯を足して読み終えている書を棚に戻す。
そうして半兵衛の手元に続きの巻を揃えておくまでが仕事だと思っているけれど、書をしまいおえた本棚は不思議と隙間が開いていた。
「?」
ひい、ふう…と数えてみれば、ちょうど半兵衛の手元にある数冊の続きの分がなくなっている。
一瞬何事かと思ったけれど、ここの書を読むのも持ち出せるのも一人だけしかいないのでなるべく音を立てずにまた部屋を飛び出した。
「刑部こんにちはー!」
「…もう昼か。」
再び降りて走って跳んでこの吉継の部屋へ戻り来ると、日時計代わりに扱われた。
普段人一人も通れない隙間程度しか開かれていない障子がまた少し開かれ、ふらふらした手招きで招かれる。
お邪魔します、といつも通り呟いて薄暗いそこへ足を踏み込んだ。
そうしてやはりいつも通り、狭い部屋の真ん中に吉継はいた。
日の光を遮る布も張ってあるので、ここはしょっちゅう苔色の空気で、わずかに差す日の光だけが人の部屋に見せている。
「書か?」
「うん。
緑の表紙の十七と十八と、十九。」
「…………」
顎に指を添え、自分を取り囲むようにうず高く詰まれた書の山を見据える。
めったに部屋の主が外へ出ないため、二重三重に重なった書は砦のよう。
prev / next