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「…何じゃこりゃ。武人か?」
「あ、秀吉様だー」
すぐさま答えを述べた手鞠に黒田が驚いて顔を上げ、次いで半兵衛の顔も見る。
その視線の意味を理解したので、小さく頷いた。
「……確かに、秀吉だね。僕が間違えるはずがない」
「よく分かったなあお前さん」
「へへ」
言われて見てようやく、ここは顔か、ここは髪かと分かる程度だが。
黒田にもどうにかぼんやりと秀吉の姿が浮かび上がってきた。
目を閉じた姿を描いているため、顔で判別ができなかった。
「よく見りゃ確かにそう見えるな。しかしあの秀吉殿を描けるとなると、相当貴重な書き手じゃないか?」
「……思い出したよ。昔秀吉が城の庭を解放して童を遊ばせていたんだ。その時の一人がよくこうして絵を描いていた」
淀みなく答えた半兵衛に、黒田はさして疑うことなく頷いた。
そのまま興味も失ったのか、固まった体を大きく伸ばす。
「何かの折に紛れ込んだんだな。半兵衛、今日はこれで終いだろう?」
「ああ、もう戻ってくれて構わないよ」
それじゃあな、と手を挙げて去っていく。
その後ろ姿が見えなくなってから手元の書に目を戻すと、隣にいる手鞠はまだその絵を見つめていた。
「面白いかい?」
「面白い。色んな絵がかけて凄い」
「手鞠もすぐにこれくらい描けるようになるよ」
「本当?」
「何事も練習だからね。そうだ、今日の掃除の御褒美にこれをあげよう。書き込まれていない頁もあるから、好きに使うといい」
そう微笑んで渡されたので、手鞠も嬉しそうにそれを受け取った。
「ありがとうございます半兵衛」
「こちらこそ。さあそろそろ夕餉の時間だ、戻ろう」
「はい!」
その日の夕餉の席で秀吉にその雑記帳を見せると、目を丸くして驚いていた。
よく見つけたな、と手鞠の頭を撫でる。
「たくさん絵を描いてみるといいよ、それは君のだからね」
「うむ、上達した際は見せに来い」
「はい」
「あ、三成君には見せない方がいいかな…嫉妬的な意味で」
「はーい」
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