▼
それから夕日が沈みかけるまで蔵の中を探索し、どうにか粗方の物は運び出し終えた。
空っぽになった蔵を見て半兵衛が満足そうに頷く。
「一日で空に出来るなんて上々だ。ありがとう手鞠、黒田君」
「つっかれたなあ、おい……結構な肉体労働だったぞ」
「本当に感謝するよ。言葉のお礼だけで済ますのは胸が痛むな」
「お、何か見返りでもくれるのか?」
「さあ戻ろうか手鞠」
「痛むだけかい!」
最後に蔵の内部を確認していた手鞠が、返事をしながら扉に手をかけると。
扉の蝶番に何か引っかかっている物があった。
「?」
目をこらしてよく見てみると、白い何かが床と扉の隙間に存在する。
扉の木の樹脂で引っ付いてしまったのだろう。
開け閉めする扉に合わせて動くので、今まで気づかなかった。
そっと手を伸ばすと、指先がそれに触れる。
紙だ。
破かぬよう慎重にその物体を扉から剥がす。
それは一冊の帳簿。
いや帳簿と言うにはあまりに薄い、拙い冊子だった。
「……手鞠?」
呼んでもなかなか来ない手鞠へ、半兵衛の方から近づいていった。
パラパラと薄い書をめくり、首をひねっているその背後に立つ。
「半兵衛、これ絵が描いてある」
「そのようだね。どこでこれを?」
ここ、と指さした場所を目で追いながら、手鞠から書を受け取る。
同様にパラパラと捲ってみると、確かに手鞠が首をひねる理由が分かった。
そこに描かれていたのは他愛もない花や鳥。
色が使われているわけでもない、墨一色で描かれた何の特徴もない物。
捲っても捲ってもそんな絵ばかりが続く。
「習作…にしては技法が使われていないな。まるで戯れに辺りの物を描いているようだ」
「どこの場所で描いたのかな」
「ううん、これだけでは…」
「この城の近くだ」
ぬっと割って入ってきた黒田が言い切った。
「……なぜそう思うんだい?」
「この城の彫り込み装飾が描かれとるだろ。この頁の…これだな」
黒田が指さした箇所には、複雑に入り組んだ花の模様が描かれている。
「こりゃあ秀吉の好きな螺鈿細工だ、城のあちこちに使われとる。小生は建築も好きだからな、こういった模様はよく見るぞ」
「あ、本当だ。これはあのお部屋の花瓶だね」
手鞠が指さした絵は、半兵衛にも見覚えのある花瓶の模様が描かれている。
そう言われてみると、他のどの絵も、どことなく見覚えのあるものばかりだ。
「しかし、この程度の技術であれば絵師ではないだろう。弟子にしたって拙すぎる。一体誰が……」
ぱら、と最後の頁が捲られて。
半兵衛はそこで言葉を区切った。
最後にようやく人物画が現れたのだ。
鎧を身にまとった、男のような体格の絵が。
prev / next