▼
「じゃあ刑部も獣なの?」
「ひひ、われは獣に変貌した半端者よ。生まれながらの主にはかなわぬ」
吉継が昔から自分の事をなぜ獣と言うのか分からなかったけれど、良い気も嫌な気もしなかったのでそのままにしていた。
こちらへふよふよと浮いてきた数珠を掴むと、自分の体ごと浮き上がったので声を出して笑った。
「人と獣の違いって何だろう」
「ぬしは何と考える」
「うーん…二つ脚と四つ脚、とか」
「それならば鳥は人という事になるな」
「あれ」
んん?と頭を捻る。
難解ななぞなぞになってきた。
「立って歩いたら人?」
「ならば赤ん坊は獣よ」
「あーそっか。じゃあ笑ったり話したりしたら、人。獣はそんな事出来ないでしょ」
「耳の聞こえぬものは喋れぬ。それらは獣か?」
「人だよ。あれ、難しいな」
ふよふよ浮いている数珠はゆっくり降りて、吉継の目の前で止まった。
互いの目の色が分かるくらいの距離にあるその顔を、むぎゅっとつままれる。
「あいて」
「……獣は、考えぬ。本能のままに生きる事を止められぬのよ」
そら、と右手の包帯の端を浮かせて見せるので、頬を引っ張られていてもつい視線がそちらへ行ってしまう。
吉継はそれを見てヒヒッと笑った。
「軍師殿は上手くぬしを躾けた。ここまで人の皮を被れるようになるとは」
「ひょうふは」
喋ろうとしたので、ぱっと手が頬から離れた。
「刑部は獣じゃないよ、頭いいからいっぱい考えるもん」
「われは見てくれだけが獣になったのよ、半端者と言うたであろ」
頷きながら話を聞いていると、吉継は包帯をたなびかせたまま頭を撫でた。
手鞠を数珠から降ろすと、今まであちこちに散っていた数珠がいっぺんに集まり、また吉継の後ろで円を描く。
「珠磨きも終わった。そろり戻らねば、軍師殿が心配しよう」
「うん!」
「ぬしはまた潜って戻れ」
「分かった!」
「……冗談よ、乗せてやろ」
prev / next