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条件反射で槍に手をやるも、ここは湖。
低くこだまする声の出所を探れば何ということはなく、側にある大岩の隙間から風が抜け出した音だった。
匂いもする、水の抜ける匂い。
しばらく何か考えていた手鞠は岩肌に耳をつけて中の音を聞くと、少しずつ位置をずらしながら音と匂いの出所を探した。
そうしてある箇所を見つければ、もういっそ思い切り、息を吸ってそこへ潜った。
入り口は考えていたよりもずっと近くに存在してくれた。
潜った先にまで続いている岩の体に開いている通風口のような穴。
迷わず入り込み、なれないながらにばた足で浮上する。
ざばあ
「あたっ!」
「!」
水面から顔を出した瞬間に、頭が固い何かに衝突した。
ちらりと星が見えたような気もしたが、今足を止めると真剣に洒落にならないので根性で意識を留める。
何事かと見上げると、それは見覚えのある白い数珠だった。
「…やはりなァ」
低くくぐもった声があちこちで反射して手鞠の耳にも届いた。
見れば岩場にあぐらをかく吉継の姿があり、その周囲の水面では数珠たちがまるで遊ぶようにふよふよと浮いている。
「あ、刑部。久しぶりー」
「手を振っている場合か。この水辺には人食い魚が出ると言うに」
「うわああああ」
「嘘よ」
慌てて刑部と同じ岩場に乗り上げた手鞠の頭を数珠で小突いた。
巨大な岩の中には鍾乳洞が生まれていた。
外の岩肌は茶色いかったのに、この岩場は黒い。
所々に氷柱のような産物がぶらさがっていて、緑白く光っている。
「刑部ここにいたんだね」
「ここはわれの数珠の清め場よ」
そう言い、手のひらに呼び寄せた一つの数珠を磨いて見せた。
これがいつも燦然と輝いていることが不思議だったので、手鞠の中ですとんと何かが落ちた。
あちこちに射し込む日の光に目を細めて上を見上げると、ぽっかりと空が見えている。
なるほど、自分が下から来たなら、こちらは上から来たのだろう。
「やはりぬしも獣であったな」
「どうして?」
「ヒヒ、この場所はな、人には分からぬのよ。人はあのとおり、鼻がきかぬであろ」
きゅむ、と鼻をつままれ、すぐにかぶりを振る。
その様を小さく笑い、水中から全ての数珠を引き上げた。
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