豊臣軍 | ナノ


▼ 




「…目を閉じ、十ばかり数えよ。ぬしを獣に戻してやろ」

「獣に?」



吉継が厳かにうなずくので、手鞠は言われた通り目を閉じた。
ついでに両手で目を覆って、その場にしゃがんで小さくなった。

きぃんと暗闇が頭に染み入る頃、ゆっくり十を数えだす。
何の音も、気配もしない。



「…もういい?」



返事が無いのでそっと目を開く。
そこに吉継の姿はなかった。
やはりか、と全感覚を総動員して消えた先を探るも、足音のない存在をどうやって探し出したものだろう。
考えても分からないので、とりあえずふらふらと来た道を歩き出した。

自分よりも前にここを歩いた何百もの足が踏みしめて出来た道。
この先も、そのまた先も、恐らく森を出るまで長く長く続いているであろう道。

ただ何となく、こんな道の果てに吉継はいないだろうと思った。



「刑ー部ー」



足の向くまま道もない茂みへ入って行った。
風がそちらへ吹いたのと、微かに水の匂いを嗅ぎ取ったから。
案の定その先には川がせせらいでいて、ためらいなくその真ん中へ飛び込んだ。

膝辺りまで水が浸かったが、はいている白い半股は膝上丈なので問題ない。
そのまま流れに逆らって上流へ踏み出した時にはもう目的を半分くらい忘れかけていたけど、水流に負けずにたどり着いた最上にはまるで見たことのない場所が現れた。
途端に川の流れがなくなり、怖いほどの静寂に満たされ、湖の形に水が形成された平地。

大して深く森に入ったことはなかったが、こんな別の国に飛ばされたかのような場所があることなど欠片も知らなかった。



「…ん?」



しばらくその碧の水面に惚けていると、湖の端に巨大な岩の塊が鎮座していることに気づく。
自分と反対側の湖の淵に寄り添うように。

真っ直ぐそこへ行くには湖が深くなりそうなので一度地面に上がり、迂回してからその黒い岩肌をぺたぺた触りに行った。
相当な大きさだ。
一軒の家に相当するかも知れない。



「う、わ」



存外苔むしていた岩肌へ体重をかけすぎたのか、つるりと水の中へ足をすべらせた。
潜った先で不意打ちを食らった魚と目が合い、どちらも慌てて自分の住処へ引き返した。



「ぷは、」



咄嗟のことに逃げてしまった呼吸を取り戻す。
意外と深かった水際で立ち泳ぎをしながら染み入る水の冷たさを感じていると。
かすかな獣の唸り声が聞こえた。



「!」



 

prev / next

[ back to top ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -