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生い茂る木のせいでほとんどの地表は影に隠れているが、時折風が葉を揺らせば木漏れ日がこちらを照らした。
後ろから響くかすかな足音を放ったまま、ただその森の中を前進する。
常ならば前方に三成がいた。
横には大抵黒田か部下がいた。
自分の後ろには誰もいなかった。
ただ闇だけが口を開いていた。
「…ぬしは夜を好くか?」
「よ、る」
また包帯に見入っていたのだろう、不意を突かれたように奇妙なオウム返しをする。
「夜は暗いからそんなに好きくない」
「言葉はきちんと使わねば軍師殿から叱られような」
「好き、じゃ!、ない」
そんな必死の返しに小さく笑い、ああ前に居座ると表情を見られなくて良い、といったことを考えて。
「ならばそこの闇を喰ろうてはくれぬか。われの背ににじりにじりと近づきやる」
「やみ?」
「われはそれが怖くてたまらぬのよ」
吉継は手鞠が振り返ると思った。
言葉通りに、自分の後ろにその闇とやらを探すものと。
けれども振り向くと、自分と視線を頑なに結びつける手鞠がいた。
前を見据えて。
「刑部は、半兵衛とおんなじこと言う」
ああそうだ、これの主もまた、寿命を食らう闇に追われる身であった。
それを思い出す。
言葉を出せずに苦しむ様を見ようと思ったが、予想だにしない結果だ。
「……軍師殿もかようなことをこぼすか、世知辛い」
にじりにじり、その闇は自分自身にしか見えない。
周りの者には見ることはおろか、感じ取ることさえ難しい。
故に誰も、それを消し去ってはくれない。
「…ではぬしは何と返す。軍師殿に、闇を喰ろうてくれと請われたら」
「私はいっつも約束してるよ」
「約束?」
「うん」
ふふー、ととりとめなく笑って。
「絶対半兵衛より後に死んだりしないって、約束」
当たり前のようにそう言った。
相手の闇を見ることは叶わない。
それがどこにあるのか、どれほどの大きさなのか、居場所など到底つかめないから、喰らうことは出来ないけれど。
喰われることならきっと出来る。
あまりに人らしくない方法だとしても。
「…よいな。憐れみが一匹も虫食わぬのがよい。ぬしが喰われれば、その間誰かは助かろうな」
「うん」
「ぬしは消えるが」
「うん!」
その笑みにつられたわけではない。
そう言い聞かせて口の端を持ち上げた。
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