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「お前さんと白黒つけたいってんなら、三成はまだ不満なんだろ」
「ご覧の通りです」
「ぐあああああ!」
「おっと」
足の長さの分、痺れが解けるのには時間がかかるのだろうかと手鞠は思った。
「でも今ここで競える物が他に無いから」
「まあそうだな。そんだけ縛られてりゃ力比べも足の速さも……ん?口は駄目なのか?」
「口?」
「よく城下で祭りの日に男達がやってるだろ、でかい声でがなって競うあれだ。声比べだったか?」
そこまでぽつぽつ話した後、いかんいかんとかぶりを振った。
「刑部に余計なことは言うなと言われとるんだった、じゃあ小生はさっさと帰るぞ。せいぜい大人しくしとくこった」
はーやれやれと部屋を出て行った黒田は気づかなかった。
それがすでに手遅れであることに。
「…………」
「……三成、どうす…」
「やるぞ!」
「やっぱり」
痺れも忘れてすっくと立ち上がった三成を非常に困った顔で見上げながら、手鞠もゆっくり身を起こす。
するとすでに向こうは見張り用の出窓に向かって立っており、もはや叫ぶ五秒前だ。
「何をぐずぐずしている!さっさと私に白黒つけさせろ!」
「いいの三成、本当にこんなのでいいの」
「決着に手段は問わん!私が勝てそうな物であるなら尚更だ!」
「言っちゃった!」
叫ぶ前準備なのかそれとも仕様なのか、かなりの声でがなる三成に耳を塞げない以上、こちらも声を張り上げるしかない。
「でも三成、暗が大人しくしとけって!」
「問題ない!雨の日は音が外に吸収されて静まると刑部が言っていた!」
「刑部が言ったなら本当だ!!」
「当然だ!では叫ぶぞ!!」
「何を叫ぶの!?」
「決まっているだろう愚図め!それは勿論―――」
―――――――…
「…雨足が引かぬな」
開け放した自室の障子の向こうに広がる雨模様は途切れる気配を見せず、嘆息しながら書を閉じた。
直に夜もふけるので、いい加減閉めきるかと吉継が障子に手をかけたとき。
「「……秀吉様ああああああ!!」」
ぶわあああ、と突然かなりの風圧が自分の顔を撫でていった。
あまりの声の大きさに一瞬甲高く痺れた耳が、じんじんと脳を揺らし続ける。
何事かと障子を掴んで体を支えれば、迷いなくこの声があの見張り小屋から響くものだと気づけた。
「秀吉様ああああああ!!」
「ひいいでええよおおしいい様あああ!!」
「違う!秀吉様ああああだ!!」
「やだ!全部伸ばす方がいい!!」
「……秀吉様ああああああ!!」
「ひいいでええよおおしいい様あああ!!」
「む?」
「どうしたんだい?秀吉」
「いや、今ふと呼ばれたような気がしてな」
「へえ…風に乗って来たのかも知れないね。これから行く徳川君の引き抜きに味方してくれる、神風だと良いのだけど」
「そうだな」
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