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「秀吉様ああああ!」
廊下を破壊しながら進んでいるのかと思うほどの脚力で三成が秀吉の前まで躍り出た。
右手にはまたどこかで捕獲したらしい手鞠の襟をひっつかんでぶらさげている。
「どうした三成、騒々しい」
「何故にこのような小娘を半兵衛様のお側に置くことを許可されたのですか!」
「手鞠ではないか」
「秀吉様、これ半兵衛からだよ」
「うむ、読もう」
「秀吉様ああああ!」
分かった分かったと言わんばかりに三成の頭も手鞠の頭も撫でるので、幼名を捨てながら自分は何をしているのかと自責半分、喜び半分が頭を占めた。
「三成、お前はわれのためにわれへ仕えているのだろう。手鞠はわれのために半兵衛へ仕えている、そういう存在もなくてはならぬ。分かるか」
「…………………は!」
「うむ、その様子では全く分かっておらぬな」
「…やれ、ようやく追いついたか」
廊下の向こうから吉継が嘆息しつつやってきた。
今度はきちんと鎖を持っている。
「良いところに来た大谷」
「刑部!何をしに来た!」
一つしかなかろ、と口に出すのをどうにか抑え、三成に持ち上げられているせいで等しい高さにある手鞠の目に目潰しを仕掛けながら、なるべくつまらなそうに言った。
「ご安心なされよ太閤殿、事情は飲み込んでおります故…これ三成。ぬしに小用よ、ちと参れ」
「?何――」
瞬間、めこぉっとえげつない音が響き、本日三度目の数珠の制裁が三成を襲った。
わずかに意識が飛んだのを見計らって、吉継がその体をがんじからめに鎖で縛る。
「やれしち面倒な。獣でもいい加減学ぶものよ」
「刑っ…部ぅ…!」
ぐわんぐわん揺れる頭と体を持ちながら、意地でも掴んだ手鞠の小袖の襟を離そうとしない。
逃がすまいとしているのだろう、そこまでしなくともただ呼び寄せれば手鞠はいつでも来るというのに。
「大谷、我は半兵衛から京に来てくれと文があってな…」
「でしょうな。三成は出来うる範疇で目を光らせます故、気楽にお立ちくだされ」
「ああ、頼む」
「秀吉様あああ!」
「三成、大谷のいうことをよく聞くのだぞ」
「は!」
「手鞠もな」
「うん!」
「貴様はその馴れ馴れしい返事を――!」
「五月蝿い」
ぎゃあぎゃあと喚き続ける三成の体を数珠で浮かせながら、秀吉へ手を振る手鞠を引き連れてようやくその場を後にした。
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