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三成が豊臣に戻ってきたばかりの頃のお話
忌々しい、忌々しいと呪いを吐きながら廊下の真ん中を歩き続ける。
よほど自分は般若の如き凶相なのだろう、道行く者全てが悲鳴混じりに壁へ退いていった。
(今日より三成となるか、佐吉。良い名だ)
物心ついた時からその大きな手の平の元で仕官することを夢見ていた。
幼名も捨て、晴れて豊臣の家臣に名を連ねられると日の本中の行脚を走り抜けて終え、ずいぶんと久しくぶりに戻ったこの懐かしい大阪城には。
「あ、三成。これ半兵衛からの文ー」
余所者が一匹入り込んでいた。
*「犬と猫」*
「半兵衛様ああ!」
スパーンと跳ね返らんばかりの勢いで襖を開ききると、叫ばれた本人は鎮座していたこたつから顔を上げた。
世間話でもしていたのか、向かいには吉継の姿もある。
「何だ三成君か。どうしたんだい…っていうのはまあ予想がつくけれどね」
「半兵衛ー」
三成に宙ぶらりんと掴まれている手鞠がにこにこと半兵衛に手を振るので、こちらも微笑んで返した。
「何故!このような小娘が!秀吉様の神聖な城をうろつきまわっているのですか!!」
「三成君、年頃の女性に向かって小娘は良くないよ。そんなんじゃ誰もお嫁を寄越してくれないだろう」
「そのようなものは不要です!」
「言い切りましたな」
「石田の家を潰す気満々だねこの子は」
とりあえず茶を飲みながら、もはや飽きたのかぶら下げられたままゆらゆら揺れて遊んでいる手鞠をちらりと見た。
「君にも何度も言っただろう?手鞠は一年かけて僕がしっかり躾てあるし、戦や執務で力も示している。豊臣の力になる同胞が増えて何が困るんだい」
「どこの馬の骨とも分からぬ者を半兵衛様のお側に従えるなど言語道断!何と言われようとこればかりは――」
「じゃあ君はこたつに入らなくて良いんだね。おいで手鞠」
「ご一緒させていただきます!」
そうして四方に座ってこたつを囲めども、変わらず三成が手鞠を睨んだままなので吉継の数珠がごちりと当てられた。
「半兵衛寒くないですか」
「吉継君のこたつがあるから心配いらないよ」
「私は貴様の半兵衛様に対する呼び方からしてだっ」
「まてまて三成、どうどう」
声色は穏やかに、しかし数珠で呼吸を塞ぐ荒さで押さえ込む。
この先が思いやられることを、二人の世話役が憂慮した。
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