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一方、昼過ぎ。
吉継の部屋では煩わしい畳の日乾しも終わり、ようやく部屋の障子を閉めようかとしていた所に。
「わあああ刑部ううぅ!」
奇妙な生き物が転がり込んで来た。
びくっと跳ねた肩を抑えてどうにか注視すれば、わあわあと喚く手鞠だった。
「やれ、暴れ独楽がどうした」
「わあああ」
話を聞く様子もなくずりずり這い寄って来て、座る自分の背後に丸まった。
うっすら事情が掴めてきた頃、また忙しない足音をあげてもう一人が飛びこんだ。
「刑部!手鞠を見なかったか!」
三成だった。
「…朝から見ておらぬな。してぬし、そのひん曲がった刀はどうした」
「気のせいだ!」
「……さよか」
「邪魔したな!」
再び盛大に障子を閉めて出て行った。
静かに振り返れば手鞠は亀並に背を向けて丸まっており、槍まで抱え込んでいるのを見れば何が起きたかは見当がついた。
そうなれば次に来るのは。
「…吉継君、手鞠が来なかったかい?」
予想通りだった。
ぴくりと自分の背にくっついた体が跳ねたけれど、とりあえず三成と同じ答えを返す。
「ここだと思ったのだけどね。全く、三成君が秀吉の代わりなんてやりだすから手鞠が混乱してしまったじゃないか…」
間違いなく原因はそれだけではないと思うが、当然口に出さなかった。
どうにか半兵衛もやり過ごしてから軽く頭を小突けばずりずりと背から這いだしてきた。
「ありがとう刑部…」
「面をあげよ、ぬしは溶けたなめくじか」
そう言えばどうにかぺちゃりと潰れた体を起こす。
その顔は戸惑いが半分、気疲れが半分。
普段町中を駆け回っても大丈夫だというのに、思いがけず自分が争点にされたことが効いたのだろうと察した。
一体なぜそんなに上の二人が争っているのかを尋ねれば。
「私の半股が短いと寒いけど長いと動きにくいって。どっちにするのかって」
「…この城も平和よな」
「うん」
改めてその足を見れば、確かにこれは年中この長さの物を身につけていた。
いつ如何なる時どんな季節でも膝上だ。
「確かにぬしの格好は時期にそぐわぬな、太閤の申し立てにも一理ある」
「でも長くすると通気性も何もかも良くないって半兵衛が言うから」
「布一枚の違いで獣がどうこうなる筈あるまいて。人の過保護と心配性は誠に治り難いと見える」
また些細なことを、と嘆息しながらも、こういった揉め事は昔ながらのことなので割り切るより他にないことも知っていた。
「なれば折衷案しか無かろ」
「せっちゅ?」
「物事を半分に折り畳み、その真中に通った折り目にある手段を選ぶのよ」
易い、易いと呟きながら、自分の背にある小机の引き出しを引いた。
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