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「手鞠は元来寒がりであろう、体の冷えは恐ろしいのだ!お前とて外へやる際はこの上なく着込ませるではないか!」
「手鞠の寒がりは僕が矯正済みだよ秀吉!体の冷えは確かに恐ろしいけど、手鞠の基本の仕事の半分は足にかかっているといっても過言ではないんだ!動きやすさを第一にすべきだ!」
自分は年中白い半股をはいていて、それがぴったりした素材なので大変動きやすい。
便利に思うことはあれ、まさかこのような喧嘩の原因になってしまうとは。
「丈が膝上では防寒のぼの字もなかろう!せめて足首まで覆えと言っているのだ!」
「生地を長くしては機動性にも通気性にも優れていないんだ!熱がこもるから無駄に窮屈に感じるし…」
「手鞠を拾ったのは我ぞ!従わぬか!」
「あ!それを持ち出すのは卑怯だろう!手鞠に関する全権を任されたのは僕で、僕の代わりが手鞠なのだから秀吉こそ今日ばかりは聞き入れてくれ!!」
三成がまだ小姓として仕えていた頃は頻繁にこうした教育議論がされていたと、女中と吉継から聞いていた。
二人に関しては手鞠は意志を持たないので、仕方なくその場に正座して行く末を見守ることにする。
「……ふっ、しかし今日ばかりは僕が勝ち鬨を上げさせてもらうよ秀吉!今は辰の刻!君はもう軍議へ行く時間だ!」
「くっ……しかし、我にも秘策はあるぞ半兵衛!」
「何!?」
「見せてやろう……三成いいいぃ!!」
その名を叫び終わるか否かの刹那、轟音と共に固く早い何かが思い切り部屋へ飛び込んで来た。
何かと言うまでもなく、室内のはずなのに土煙をあげながら滑り込んだのは、胴着姿の三成だった。
「お呼びでしょうか秀吉様!」
「よくぞ来た三成、少し耳を貸せ」
「幾つでも!!」
「いや一つで良い」
数分後。
「…という訳だ、我の留守は任せたぞ!」
「はっ!この身に変えましても!!」
立派な秀吉の補欠が出来上がった。
びしいっと完璧な敬礼を見せる三成に、完全に秀吉の思想が吹き込まれたことを知る。
しかし、こんな荒唐無稽な手段はさすがに…と隣の半兵衛を覗き見ると。
「こんな攻略法があったのか…三成君の性質を利用するとはさすが秀吉…!だが僕は秀吉のためにもこの考えを曲げてなるものか…!」
ああ外を綺麗な蝶々が飛んでるなあーと現実から逃げてしまった手鞠がいた。
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