▼
朝。
どれだけ眠ったのか分からないほど眠ったと見えて、頭の記憶を司る部分がうまく働かない。
それでも枕元の湯飲みに入った水を見れば、まざまざ昨日のことが蘇ってきた。
「………おや。」
ふと下げた視線の先、見覚えのある黒い鶴が壁に下げられていた。
それは紐が通されているらしく、きちんと数十羽ずつ重ねて貫かれている。
きちんと、逆さまに。
「……あの獣子めが……」
―――――…
「わあああ来るなー!」
「ヒヒ、待て待てェ。」
またも昼下がりに遊んでいる二人を見つめながら、半兵衛がため息なのか小さな笑いなのか分からない息を吐いた。
「全くあの二人は……」
「城下の噂も消えてきたことだ、気にするな半兵衛。」
「…そうだね秀吉、僕ももう少しゆとりを――」
「心の臓を喰ろうてやろうなァ、そらそら。」
「やだ!やだ!」
「……持つだなんてことはやめてしっかり気を引き締めているよ。」
「……そうだな。」
「こら手鞠!大谷君!」
こちらもいつも通りの風景に、秀吉も小さく笑いながら息を吐く。
半兵衛の呼び声に二人とも比較的速やかにやってくるも。
「これは丁度良い、軍師殿の心の臓を喰らうとするか。」
「!
だめええぇ!」
びったーんと小気味良い音を立てて吉継に張りつく。
「半兵衛は!半兵衛はだめ!」
「しかしわれは飢えに飢えてなァ、人の心の臓無しでは生きられぬ。」
「私の食べていいから!
痛くしないなら全部食べていいから!」
「ぬしのは昨日全て喰ろうた。」
「じゃあもう一つ作るからあー!」
「……半兵衛、何を感動しておる。」
「いや……悪くないかなと思ってしまって…」
わあああと泣きつく手鞠をなだめるため、この後吉継が『軍師殿の心の臓は取りません』という内容の念書を書かされるはめになった。
prev / next