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「……手鞠。」
「なに?」
「…寝付くに寝付けず、憂いでおるのよ。
何か話して、聞かせ。」
「はなし…私千夜一夜物語とか知らない。」
「ヒヒ、かような物、とうに空いたわ。
そらぬしの姉共の、ひみつとやらよ。」
「あ!
うん、いいよ。」
嬉しそうに笑い、ずりずりとこちらへもう少し近寄った。
「お姉さんはね、私に話したからもうひみつじゃないんだって。
その代わりに誰かに話すまで、私がひみつを持ってるんだって。
刑部に話すから次は刑部がひみつを持つんだね。」
「…われは秘密、保持者よ…適役よな。」
「うん、うん。」
そうしてすらすら話して聞かせた。
だれそれはかれそれを好いていること
でもかれそれは誰も好いていないこと
約束の指切りをはじめたのは誰であること
神社の一番右の柱が腐りかけていること
血でさした紅の赤色が保つ時間
化粧台の扉は全部外側に開くこと
裏の家の屋根裏には一人と一匹の赤ん坊がいること
ほの暗く、毒々しく、けれどどこか子どもじみた無邪気な秘密達。
顔を寄せてひそひそ、ひそひそ、そう囁くからこそ価値が生まれる言葉の数々。
それでも秘密の話は微かに心惹かれるものばかりで、やはり人は他人の秘密と不幸が好物なのだと吉継の頭がひどく納得する。
ふと自分も、ひみつを与えてみたくなった。
秘密ではない、「ひみつ」を。
「……手鞠。」
「ん?
刑部眠い?」
「それもあるが…ヒヒ、眠気を連れてきた褒美よ。
……ひみつをやろ。」
「ほんと?」
きらきらと目を輝かせ、ほとんど曇りかけてきた吉継の瞳を覗き込む。
まことよ、ちこうよれ、と言いながら、さてどれを一つ話して聞かせようかと頭を巡らした。
相手を謀る目的以外で誰かに秘め事を話す珍しさに喉奥で嗤い、「ひみつ」に相応しい軽さと役立たなさを持った話を見つけた。
「……照る照る坊主を知っておろ、天気を変える、安易な呪いの…」
「うん。」
「このところ雨が続くのはな……暗の部屋の照る照る坊主を、われが夜毎逆さに吊し変えるからよ…」
「ええっ。」
額が触れそうな距離まで近づいた手鞠の瞳が見開いた。
「…ヒヒ、大抵のまじないは…逆さにすると意味も逆さになる故……」
「うんうん。」
遊郭の女共が褒美として手鞠に秘密を与えた意味が、今なら少し分かる気がした。
それからすぐ、どこまで話したかも曖昧なほどすぐに、意識が睡魔に連れて行かれた。
手鞠が何か自分に尋ねているような声がしていた。
「刑部ー刑部ー………寝てる。」
「それにしてもそっかあ、逆になるのか。」
「うーん……」
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