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―――――…
夜半、半兵衛が部屋で遅くまで仕事をしている時、手鞠は大抵部屋の中か外で番をしている。
この日は廊下だったので、合間合間にあの鶴を折っていた。
「おお手鞠、遅くまで精がでるこったな。
何だそりゃ、鶴か?」
「おー暗。」
廊下に座って折っていた手鞠と視線を合わせるように屈み、武骨な手で小さな鶴を拾い上げる。
「って黒い鶴か、気味わりい…。
半兵衛が寝るまでの暇つぶしか。
「んー……うん!」
「そうかそうか。
けどお前さん、妙なことに使うなよ。
人を呪わば穴二つだからな。」
「穴?」
「墓穴だよ。
呪った奴は呪われた奴の恨みを買って、結局は自分にも呪いが返ってくるんだと。
となると二人分の墓穴がいるだろ。」
そう言うこった、と頭をわしわし撫でると、欠伸をしながら廊下の先へ消えて行った。
その大きな背中を見つめつつ、手の中で折りあがったばかりの鶴をいじる。
「…刑部もかあ…」
「手鞠、そろそろ寝るよ。
行灯の火を消してきてくれるかい。」
「はーい。」
次の日の昼。
追った鶴を抱えて今日も吉継の部屋へ遊びに行った。
「刑部ー。
……刑部?」
部屋に入ると、布団が一つ。
そこに包帯も巻いていない刑部が横たわっている。
空気は淀み、明かりはささず、まるでこの世の吹き溜まりのよう。
「刑部、刑部。」
「……ぬ。
手鞠…か。」
いつもより幾分しわがれているが、それでも当人の声が布団から返ってきた。
とりあえず障子を閉め、枕元にちょんと座る。
「刑部具合悪いの。」
「この方、良いときなど、無いがな…今日はすこぶるよ。」
うん、と一つ返事をして、懐に抱えてきた鶴をその場に置いたかと思うと、部屋の窓枠から外に飛び降りていった。
どうしたのかと考えるより早く、その手に湯のはった桶を抱えて戻ってきた。
特に何も言わずその湯の一部を湯飲みに入れて枕元へ、湯で絞った手ぬぐいを吉継へ手渡す。
それで顔や手を拭えば、多少は憂さが晴れた気がした。
「……軍師殿も、難儀よ、な…」
淀みない動きは教育と反復の証。
何度か半兵衛が吐血したと耳に入ってきたことはあったが、恐らくそのたび、このように助力をしていたのだろう。
手鞠はそのまま、またじっと座っている。
具合が良くないことは一目瞭然であるし、医者でも無いのだからあれこれと体については聞いてこない。
何かしてほしいことが無いかとも聞かない。
言われたことをするのが手鞠の役割なのだから、催促するまでもなく自分に指示が与えられるものだと知っている。
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