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「刑部ー、こう?」
「ああ、それで一羽よ。」
手鞠の手元には一羽の黒い折り鶴。
畳には正方形に切られた黒い半紙達。
「刑部千羽鶴折りたいの。」
「千羽か、われはそこまで欲深ではない。
せいぜい百羽、二百羽で十分よ。」
「黒くていいの?」
「ヒヒ、黒鶴が百羽でな、一人呪えるのよ。
手軽な呪いだがあいにくわれは手が空いておらぬ故、ぬしに任せる。」
「うん!」
笑顔でうなずき、黙々と鶴を折りだした手鞠を見てから、こちらも執務に戻った。
パサ、パサ、と紙をいじる音だけが響く。
「刑部は誰を呪うの?」
「秘密よ、ヒミツ。」
「ひみつかー。」
パサ、パサ
「半兵衛じゃない?」
「軍師殿に何の恨みがある。」
「よし。」
パサ、パサ
「……暗?」
「…候補の一人よ。」
「あー…」
パサ、パサ
「刑部。
ひみつって漢字あるの?」
「ん?」
「ひみつ。
さっき刑部が言ってたやつ。」
「…『秘密』、か?」
手鞠の手のひらに筆で小さく書いてやると、そのままじっと手のひらを見つめて。
「……これでひみつ?」
「『秘密』よ。」
繰り返しそう告げても、むうとその文字を注視する。
上から自分の指でなぞりもする。
そして一言、ひみつっぽくない、と呟いた。
「左様か。
われは良いと思うが。」
「なんかぎゅうぎゅうしてて、角張ってて、変な感じ。
『ひみつ』はあんなに丸っこくて楽しそうなのに。」
「ヒヒ、ぬしが秘密を手にしやることなどあるのか。」
「うん。
昔お姉さん達がたくさん教えてくれたよ。」
ああ成る程、と腑に落ちる。
吉継の知っている秘密とは固く後ろめたく、政において相手を掌中にする道具で。
手鞠の知るそれとは恐らく間逆にあるのだろう。
『ひみつだよ』
そう囁いて教えられた秘密なら、それは確かに「ひみつ」の方が合っているのだ。
捉えようのない口移しの悪意と好奇心。
「遊郭に来た良くない人とか危ない人を一人追い返したら、お姉さん達がごほうびにひみつを一つ教えてくれたよ。
全部全部覚えてる。」
光景が目に浮かぶようだった。
声を潜める遊女と、耳をそばだてる手鞠と。
手鞠は話し続けながら手も動かしていたが、それでも昼げの休みが終わる頃にはまだ半分ほど残っていて。
「持って帰って折ってくるね。」
「よしよし、軍師殿には内緒よ。」
「お、ひみつ!」
「そうよ秘密よ、しー……。
な?」
同じように人差し指を口元に当てて、やたらと真剣な顔でこくこくうなずき戻っていった。
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