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荒ぶる三成を有無を言わさず正座させるとしつけた影響で手鞠まで正座した。
「家康君を毛嫌いしてはいけないとあれほど言っただろう!
彼は豊臣に降ったとは言えまだまだ驚異なんだから、残滅とか儘滅とかの小難しい言葉の前に君は交流する技術を…」
「いいえ!
奴は必ずや私がざじん滅します!」
「ほらどっちを使うか迷ってる!
全くもう…!」
少しは僕以外からお説教を受けておいで!と書き連ねた名前の半紙の一枚をべちぃとはたきつけた。
「……して、われの元か。
全く軍師殿も難題を与えてくれる。」
雨のため出窓が開ききり、半兵衛の部屋と同じほど本に囲まれた吉継の部屋にて。
やれやれと煙管を置く部屋主の前に正座させられた三成には「説教希望」、隣の手鞠には「見張り」と達筆に書かれた紙が胸に貼られていた。
「聞かん坊と獣子を押しつけられた身にもならぬか。」
「私は間違ったことは言っていない。
あの男は危険だ。」
「そうよな、ぬしが言うならそうであろ。
しかし軍師殿に命ぜられればわれも無碍には出来ぬ。
なァ?」
幸いどんな説教を希望かは書かれておらぬ、とくつくつ笑い、包帯の隙間から幾らかの凄みを持った目でこちらを見た。
「…時に三成、この頃ぬしが物を食ったという話をとんと聞かぬな。」
「!」
「前にあれほどわれと軍師殿で言い聞かせたのは、われの夢か?
いやはや克明な夢もあるものよ。」
「ぐ……」
痛い所を突かれ反論出来ない。
半兵衛とほとんど等しい程に吉継の説教は長く小難しいというのは身を持って知っていた。
「なに、雨が止むまでの説教よ。
そう思えば楽しかろ。
手鞠、ぬしは窓辺にいる蝸牛でも見ておれ。」
「はーい」
それから手鞠の観察した蝸牛が窓辺を十往復するまで、相当難しい言葉だらけの吉継の説教は終わらなかった。
その後の数日はちゃんと食事に姿を見せたので、相当堪えたのだろうと思われる。
数日だけだったけれど。
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