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「うわー、『豊臣秀吉』がすごく上手い。」
「当然だ。
私の休みの日課は稽古と秀吉様の御名を書き綴ることだ。」
「何のおまじないだい?」
続けて書かれた「竹中半兵衛」も手鞠に見せられたが相当達筆だ。
恐らくその日課とやらにこの名前も組み込まれているのだろう。
当人が半分感心し、半分複雑な感情を抱いている最中も三成は黙々と手を動かしていた。
「三成、刑部は『刑部』じゃないよ。」
「?」
「刑部の名前は『刑部』じゃないよ?」
「…………」
「…………大た、」
「分かった理解した黙れ何も言うな。」
大丈夫なんだろうか。
本当に大丈夫なんだろうか。
手鞠から「刑部」と「大谷吉継」の書き上がった二枚の半紙をもらって、見なかったふりをするか真剣に悩んだ。
いやしかし、どちらも上手くは書けているのだし…。
「…手鞠、貴様の名字は何だ。」
「名字はないよ。
手鞠だけだよ。」
「無いだと?」
「三成君、手鞠は野猫みたいなものだったから決まった家の名字が無いんだよ。」
「…そうでしたか。」
一瞬三成が複雑そうな顔を浮かべたが、すぐに切り換えたのかさらさらと手鞠の名を書き終えた。
「短すぎて習練にならん。」
「ごめんよ。」
「こらこら、少なくとも練習は練習だろう。
…そう言えば手鞠っていうのも僕が決めたんだっけ、懐かしいね。」
「ね。」
晴れて手鞠の名前が書かれた半紙も半兵衛の手元に並ぶ。
正直三成はこういったものの順番に日頃の優先性が出るから書かせてみたのもあるが、ほぼ予想通りの並び方だった。
一番が秀吉、二番が自分、吉継、手鞠と来たら恐らく次は。
「三成、暗の名前すごく適当。」
「手を抜いてなどいない。
自然とこうなるだけだ。」
やはり。
書く順番に加えて、一つ前までとは雲泥の差の字体を見れば、黒田への感情が手に取るように分かる。
三成に秀吉の左腕と名が付きかけている今、出来る限り同僚関係はしっかりと持って欲しいのだけど。
(秀吉は大丈夫だとして、僕も吉継君も手鞠も、長くはないと言うのに…)
「…半兵衛、半兵衛?」
「…ああ、何だい?」
「三成が家康の名前を書きなぐって引き裂きました。」
「三成君!」
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