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この頃野分は影を潜めているけれど、肌に張り付くような湿気を含んだ雨は止む気配がない。
書に没頭していてもいつの間にか意識が引き戻されてしまった。
「やれやれ…こうも雨ばかりだと気が滅入るな。」
「三日目です、半兵衛。」
「もうそんなになるのか。
火薬が湿気らないと良いんだけどね。
……ああ、本もだ。」
【雨を忘れる方法】
余すことなく本だらけの自室をぐるりと見渡すと、心なしか少し息が詰まる気がする。
畳に板をしいて字を書く練習をしていた手鞠もそれに気づいたのか、出窓を少し開けに行った。
「もう少し気分が変わるようなことがあれば、湿気くらい忘れられそうな物なのに。」
「気分?」
「ああ、気晴らしとも言うのかな。
音楽を聞いたり、体を動かしたりすると滅入った気が戻るんだよ。」
「へえー…。
あ、三味線とかならひけます。」
さらりと言った手鞠に半兵衛がぱちくり目を瞬かせた。
知る限り手鞠は楽器を習うような生まれではないし、自分が教育を施した間にそんなことは一度も聞かなかった。
「誰に教わったんだい?」
「三成が教えてくれました。」
「へえ、彼にそんな特技があったとは知らなかった。
弾いてごらんよ。」
「うん!」
頷くや否や近くの部屋から三味線を取ってきて、すっくと立ち上がる。
なぜ三味線で立つ必要があるのか半兵衛が首をかしげた時。
ギュウイイイイィィン!
手鞠が強く弦を弾くと轟くような低い音が響いた。
「いっ…!?」
ギュギュインギュギュイン!ジャジャジャジャ!ギャーンギャーンギャ
「手鞠止まれ!止まるんだ!
おすわり!」
半兵衛の言葉にピタッと手を止め、即座にその場に正座した。
その平然ぶりからふざけているのではないと分かるのと同時に、あれだけ手を激しく動かすなら座って弾けるはずがなかったかと別段どうでもいい理解もした。
「…それは何だい?」
「三味線です。」
「おおよそ三味線とは思えない凶悪な音だったよ今のは。
…もう一度弾いてごらん。」
「ギャギャギャギャー」
「うんもうやめていい。」
音がやんだので息を吐きながら耳から手を離し、ゆっくりと。
「…手鞠、その三味線は誰から習ったのだっけ?」
「三成。」
「そうか…じゃあ今すぐ三成君を稽古中だろうが仕事中だろうが厠中だろうが着替え中だろうが構わずここへ引きずり出してきてくれ。」
「はい!」
石田三成への厳罰宣告を告げた。
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