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軽く飛び降りて、この上なく嬉しそうにこちらへ走ってきた。
何年も離れ離れになった親子が再開するときのそれだ。
「いま戻りました。」
「大分遅かったじゃないか、心配したよ。」
「この間の雨で川の水が増えたから渡れない橋があって、遠回りしました。」
「そうか、だからだったんだね。
ご苦労様。」
「おう手鞠。」
「おう暗ー。」
袖をぱたぱた振りながら今さっき話していたあだ名で呼ばれ、思わず笑う。
「小生だけあだ名で呼ばんでくれ。
お前さんも刑部も。」
「刑部はほとんど皆にあだ名だよ。
『大閤』とか、『軍師殿』とか。」
「三成君は『凶王三成(さんせい)』と囃すしね。」
「それもそうだな…で、お前さんは?」
「私『けものご』。」
け、も?と聞き返すと、手鞠も曖昧にうなずきつつ笑った。
時々そう呼ぶけど何なのかは知らない、という程度らしい。
「それより手鞠、夜通し走ったのだから少し休むかい?」
「まったく大丈夫です。」
「そう。
じゃあ執務に戻ろうか、また仕事がたくさんあるんだ。」
「はい!」
跳ねそうなほど明るい声に小さく半兵衛が笑う。
友人としてはとりあえずそのことだけで安心材料だ。
これは暗い淵にいるとどこまでも引きずり込まれてしまう人間だということを、黒田は知っていたから。
(まあこいつの裁量で城は回っていることだしな…)
多少振り回されたり、度を越した心配をしたとしても多少は目をつぶろう、と少ししんみりしながらうなずいた。
「よし、じゃあまずは毎朝森で朝寝している黒田君を起こすために投げている岩の補充に行こう。」
「ちょっと待て。」
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