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延ばすではなく、増やすになるところが悲しいけどね、と口の端だけで笑った。
「あの子は秀吉のために秀吉に仕えるんじゃなくて、秀吉のために僕に仕えている。
秀吉のために僕の有用な時間を増やすこと、それがあの子の信条だ。」
秀吉のため。
ああなるほど、と黒田はうなずく。
三成と馬が合うわけだ。
「…まあ手鞠はお前さんのいい家臣…いや部下……ん?何なんだ?」
「手鞠は僕の命だ。」
「…は!?
秀吉はどうした!?」
「秀吉は僕の全てだよ、何を驚いているんだい。」
「は…え、いや…」
「秀吉を僕程度の命に出来るわけがないだろう。」
心底腹の立つ顔でため息をつかれてカチンとくるも、毎日のことすぎて慣れてきた自分が多少悲しい。
でもまあ、これで今まで感じていた疑問の幾らかは解消されたように思えた。
「…小生らにも少しは頼れ。」
「ありがとう黒田君。
でもちゃんと利用出来るところはさせてもらっているよ。」
「いや利用しろとは言っとらん、どんだけ便利なんだお前さんの耳は。」
ははは、と素晴らしい棒読みで笑って見せた後、幾分かは落ち着いた様子を見せる。
今はずっとこのことばかりを考えるのも良いことではないだろう、と少し考え直すことにした。
「そう言えば、なぜ君は吉継君や手鞠に暗と呼ばれているんだい?
黒田の黒の語源が暗というのは知っているけど。」
「ああそれか…まあ語源云々もあるだろうが、あの刑部の皮肉だよ。
小生は日の目が当たらんからな、明けるの反対で『暗』ってわけだ。
まあ手鞠は意味も知らんで、刑部が呼べっちゅうから呼んでるだけらしいが。」
ふうんと流すも、かなり的確だろうとは友のよしみで言わずにいた。
ただ呼び名を強要するようなことを吉継がしたというのが意外だった。
「吉継君は手鞠に目をかけてくれているらしいね、聞くと。」
「しかしなあ、あいつが目をかけるのは不幸な人間と相場が決まっているだろ。
一体何だって手鞠に――」
「半兵衛ー!」
まさにその名前を出した瞬間、にょっと城壁を乗り越えて手鞠そのものが顔を出した。
背中に背負った籠に山ほど物を積んでおり、いつもの槍は握ったままだった。
特に変わった様子もない、いつもどおりの姿だ。
「手鞠!
無事かい?」
「?
うん!」
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