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波にも似た音を乗せた強い風が夜の闇を切り裂いて唸り続ける。
形を持たないはずのそれは地上のあらゆる物を引き剥がして放り投げていた。
「あ、卒塔婆飛んでます。」
「墓場の整備…と。」
【隣の夕げ事情】
蝋燭と行灯のもと、手鞠と半兵衛は秀吉の部屋へ身を寄せていた。
大きな野分が訪れることは幾らか前から天気に詳しい農民達に知られていたので、どの家も厳戒体制に入っている。
「神社の神木は無事かい?」
「まだ立ってます。」
秀吉の部屋の隅に取り付けられた窓枠から顔を出し、ほとんど光のない嵐の外を見つめている手鞠。
昔に夜間の護衛をやっていたため暗闇に慣れている目はいつもと違う街の様子を半兵衛に伝えることが出来た。
「あ、南の川が――」
そう言いながら窓枠から乗り出した体を突風がさらいそうになったが、危うい所でその背中を秀吉が掴んで止めた。
「ああ秀吉、そのまま掴んでいてやってくれ。
もう三回も飛ばされそうになっているんだ。」
「うむ。」
「半兵衛南の川が溢れました。」
手鞠の目に地上へじわじわと流れ込んでくる川の水が見えた。
物珍し気に眺めている後ろで秀吉が手鞠の背中を掴み続け、その後ろで半兵衛が地図上の川へ朱で×印をつける。
「他に被害は?」
「あとは無いです。」
「そう、ご苦労だったね。」
そう言われたので窓枠を木板で隠し、内側から鍵をかけた。
「川の近隣の農民を非難させておいて正解だったな。」
「そうだね。
野分が去ったらやはり川の修繕を行わなければならないな…外への買い物中に巻き込まれなくて良かった。」
さて、と巻物を巻き終えて腰を上げ。
「大分遅くなってしまったけど夕げにしようか。
買ってきた物が傷む前に食べてしまおう。」
「うむ。」
「食材を切るだけの簡単な料理だから手鞠も大丈夫だろう。」
「はーい。」
「…半兵衛ー、豆腐が、豆腐がお亡くなりに…」
「手鞠、だから豆腐は強く握ってはいけないとあれほど…」
「半兵衛、何やら豆腐が砕け散ったのだが…」
「君たちにそんな軟弱な素材を任せた僕がいけなかったんだ、僕がいけなかったんだ。」
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