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「…そこと、そこと、そこよな。」
点々と指さされた箇所を目で追うと、薄緑の空気の中に目当ての背表紙が書の山々に点在している。
はいよーと隙間からそれら抜き取った。
「えーとこれと、これと…」
ぴた、と最後の一冊で指が止まる。
それはかなり大層に積まさった書の塔の、下から二番目にあった。
「…これかぁ。」
「それよ。」
しばし膝をついてその場所を見つめた後、何かを覚悟したように袖を捲り上げる。
目当ての背表紙をじりじり握り、それだけでぐらついた積み重なる書を一瞥して。
「せいやっ!」
すぱん、と勢いよく書を引き抜いた。
大きくたわんだ塔に多少びくりとするも、大きく二三度揺れただけでそのまま元の不安定な立ち位置に戻った。
「……よし。」
「良し。」
互いに特に意味もなくうなずきあって、どうにか入手した三冊を若干大事そうに胸に抱える。
「ありがとう刑部。
でもかなり限界だと思う。」
「そうさな。
地揺れが来た時がわれの最期よ。」
「それは三成泣くだろうねえ…」
去るついでに何か用はないか尋ねてみると、待ちかねたように開いていた書を閉じた。
「ではぬしに相応な仕事をくれてやろ。
酷く成し遂げがたいが。」
「なに?」
これよ、と細かい菓子の詰まった小袋を手渡された。
「これを。」
「これを、」
「三成に。」
「三成に、」
「食わせて参れ。」
「……おお!」
「この文を読み上げてからな。」
「うんうん。」
「そら行け。」
「よし!」
右手に菓子、左手に文を持ったので頭に書を乗せたまま部屋から走り出た。
あの頭の構造を中なり外なりいつか知りたいと感じるも、今日のところは再び読書に戻った。
「三成ー!」
「む。」
ようやく稽古を終えたらしく汗を拭いていた標的へ、朝と全く変わらない方向から駆け寄る。
「…相変わらず奇っ怪な頭だな。」
「ん?」
「いや。
半兵衛様の言伝か。」
「刑部からだよ。
あ、ちょっと待ってこっちからだった。」
がさがさと器用に左手で文を広げ。
「えーと…『あさげを くわなんだ ばつよ』。」
「?
どういう……むごぉっ!」
右手で菓子袋の中身をその口へ叩き込んだ。
不意を突かれ無防備になった頭部へ手鞠の跳ね上げた踵が落ち、垂直落下の衝撃に思わず口内のもの全てを飲み込んでしまった。
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