松永久秀 | ナノ


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「おーい冬の子ー、おめぇに文だー。」

「おー…」



今日の昼間に見つけた木陰は、何せお天道様がどの位置に動いてもその日差しを遮ってくれるのですっかりお気に入りになっていた。
四階建ての屋根の上から枝葉が突き出ているから、高さも申し分ない。

ただ真下に広がる町並みから誰かに呼ばれた時は、いささか上り下りが面倒だ。





「投げてー…」

「無茶言うなってぇ。」



寝ぼけ眼をくしゅくしゅ擦りながら二つほど屋根を降りれば、飛脚が文を投げて寄越してくれた。
もうそこまで日も照っていないのでそのまま二階の屋根に転がり、渡された文を開いてみる。



「あー伊達かー。」



先日私から「何をしてる」的な文を出したら、そこに書かれた地名を元に返事をくれた。
筆跡が妙に丁寧という違和感は、文の内容を目で追う内に合点がいった。



「…イチャモンの人にやられたのかー…冬は寝越冬…へー全身包帯と湿布だらけ…」



伊達はよく喧嘩している人がいる。
大抵負けるらしいけど今回もその相手に負けて、今は布団から出られない旨まできちんと書いてある。
多分あの右目とか言われてる人が代筆代わりに書いてるんだろう。



「よし、返事書こ。」



懐から筆と墨の入った筒を取り出し、寝転がったまま何を書こうかと考える。
向こうにつくのに半月はかかるから早めに出さないと、文の中身と現実がちぐはぐになってしまう。

とりあえず怪我を治すの頑張れ、そもそも何で喧嘩してるの、こっちはすごい温かい、といった所まで書いて。





「んー、何かお見舞いしようかな。」



ふとそんなことを思いついた。
怪我で寝てるなら伊達の性格からしてさぞかし暇だろうと考えてのことだけれど、かといってお見舞いに適した品が何かはよく分からない。

身近に病弱な人間がいるわけでもなし。





「よし。」



むくりと起き上がり、屋根づたいに塀の上を駆け出した。
そこからすぐに鮮やかな海が見え始め、勢い良く飛び跳ねて柔らかな砂浜に着地する。





「おじいちゃーん。」



木に網を渡して、その上で眠っているお年寄りとは思えない体の元へ駆け寄った。
お酒を飲んだ跡がちらほら見えるので、これは力を込めて起こさなければと網を強く揺さぶる。





「じっちゃん、ねー島津のじっちゃん。」

「…む、いかんいかん、おいとしたことが昼まで寝るとはのー…。
おーおてま、漁師共が探しとったど。
地引き網さ引くの手伝わんかとなー。」

「うん考えとくよ。
それよりじっちゃん、怪我のお見舞いって何がいいの。」



意識は覚めながらも網から起きる気は無いと見えて、わざとぶら下がってみても微塵も網の寝床は傾かない。
刀は砂に刺しているのに何という重さだろう。





「怪我?
戦の怪我か。」

「んー喧嘩。
寝越冬だって。」

「そらぁ酒よ。
酒は百薬の長、毎日飲めば年越しよりはように治る。
天下泰平の折り紙付きでな。」



ちょうどよか、とこの地名産の酒をそこら辺りから見つけ出し、こっちへ手渡した。



「強か酒よ、若造にはちぃと毒かもな。」

「ありがとう、送ってみる!」



さらりとじっちゃんの助言は聞かなかったことにして、まあ伊達の右目のあの人なら飲めるだろうとうんうん頷いた。
そうしてお酒に手紙を紐でくくっていると。



「おてま、『手鞠』はおまはんか?」

「?
うん、そうだよ。」

「飛脚がおいどんの所に文を持ってきたんだがの、宛の『手鞠』が誰か分からんきに。
おまはんなら良か、ほれ。」



そう言って一つの文をよこした。
木の枝に結ばれていて、その枝に私の名前が書いてある。
正確には私の一つの名前。



「どこそこの誰からかは分からんがの。」

「んーん、ちゃんと分かったよ。
ありがとうじっちゃん。」

「よかよか、おまはんは手ぇかからん客人よ。
手間がないからおてまちゅうことじゃ。」

「あーそういうことか。」



呟きながら、今一度文がくくられた木の枝を見た。
それが松の木だとは、すぐに分かっていた。



 

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